01:ある青年の平穏な登校


俺の名前はジェイ・パーリィー。転生者だ。

まず先に弁明させて欲しい事がある。楽しげな名前だと感じるだろうが、決して俺は所謂パリピではないという事。そして中二病患者ではないという事だ。つまり何もキメていないので安心して欲しい。


転生者というのは実は自分でも自信が無い。漫画やアニメなどでよくある転生では、”転生前の記憶フル装備で強くてニューゲーム”みたいなイメージだが、俺の持つ転生前の記憶は”夢”と表現するのが最もしっくりくる。

夢と現実は明確に線引きがせれていて、混同しないだろう。そして、印象の深い部分は覚えているけれども全体は思い出せない。そういうことだ。

だから前の両親も、友達も、所属も、知識も、言語も、かなり多くの部分が曖昧だ。だから非転生者と転生者ではあらゆる能力的な面で変わるところはほとんどない。

これは多くの転生者に同じことが言えるらしい。


――そう、この世界で転生者は珍しくないのだ。

まあ己が転生者だと言ったところで実際確かめようはないのだが、現実に転生者を自称する人間がこの世界に存在しない知識や技術で歴史に名を残した例が多々ある事も事実だ。そうした背景からこの世界では転生者の存在が認められている。


「はよっす、ジェイ」


「はよ、リード」


歩道の端でこちらに向って手を挙げるのはリード・セイフテイル。幼少期からのご近所さんだ。亜麻色の柔らかな髪と甘い顔立ちの好青年だ。


「待ちくたびれたぜ、早く行って友達作らなきゃこれから3年間窓際族になっちゃうかもしんねーじゃん」


近付くとリードは肘でこちらを突きながらいたずらっぽく笑った。


「安心しろ。俺はあってもリードはない」


「何言ってんだ、ジェイこそないよ…なぜならこの俺!リーちゃんがお前をそんな目に合わせたりしないぜ!」


大げさに胸を叩きながら言う。しかもウインク付だ。


「はいはいさんきゅー」


特に足を止めないまま校門・・を潜り、学園の敷地内に足を踏み入れる。


「冷たいっ!でも分かってる…それがジェイの愛情表現だってこと!俺!分かってるから!!」


「暑苦しい。ほらクラス発表見るんだろ?掲示あっちらしいぞ」


そう、今日は国立シード魔術高等学園の入学式だ。そして俺達は今日からこの学園の新一年生となる。





「まあ…なんと言うか意外性がないな…」


「なんだよぉ俺と一緒で嬉しいくせにぃ」


学年に6クラスある学級の内、俺とリードは同じBクラスだった。確かに俺のような陰キャは顔見知りがいるだけで安心ではある。しかしその反面変わり映えしないのも事実だ。うちの中等学校からは確か15人程進学していたはずなので誰かしらは被るだろうとは思っていたが、ここまで仲の良い奴が同じクラスでは「新たな友人関係を築かなければならない」という脅迫にも似た強制力をもはや感じられない。いや、本当に安心ではあるのだが。そして普通に嬉しいが。


「あれ、あなた達もBクラス?」


「わーお、ブレイドちゃんも一緒なんだ!めっちゃ心強い!よろしくね!」


教室に入ってすぐ、一番後ろのど真ん中に座る女子が読書を中断して声を掛けてきた。何を読んでいるのかと確認すると、事前に配布されていた教科書に目を通しているらしい。今日は入学式と、担当上級生との顔合わせくらいしかないので教科書など必要ないのに所持しているとは、感心を通り越してもはや理解不能。恐怖さえ感じる。


「わーお、さすがガリ勉」


「何度言ったら分かるの?私は"ブレイド・グレン"よ!ハイ復唱!」


「"ルージュ"が抜けてるぞ」


「"ブレイド・ルージュ・グレン"!ハイ復唱っ」


「"ブレイン・キョウカショ・ツメコミ"」


目の前の意識高い系女子は"ブレイド・ルージュ・グレン"。俺達の住む田舎町、ボイカウに住む貴族の娘だ。

幼少期から学問に打ち込み、成績優秀かつ品行方正だった。のだが、とても分厚いビン底眼鏡をしていたため、当時のあだ名はガリ勉。

今は長い真紅の髪を靡かせる超絶美女で眼鏡もしていないので、当時のあだ名で呼ぶのは俺くらいなものだが、構うのが面白いのでもう暫く続ける予定である。


「この鳥の巣頭…」


「やべぇ~超ついてねぇわあ~」


ブレイドの追撃を遮るようにテンション高めの聞いた人間の神経を逆撫でするような声が響いた。


「うるさい。スヴェン。うるさい」


「やばっ超うっぜぇなあ~鳥の巣ぅ~」


ちなみに先ほどから登場している”鳥の巣”という単語は、俺の碌に手入れをしていないボサ頭を指している。


「それお前。超お前」


口汚く話すこの女子・・は”スヴェン・アッシュ・ウインド”――ブレイドと同じくボイカウの貴族である。

見た目は小柄な小動物系ツインテール女子だが、一度口を開けば口調は汚いし他人の苛立ちを煽るような言葉選びをするし単純に声がうるさいしで、聴く方は堪ったものではない。

幼少期より接しているが故にこの表面上の姿が全てではないと理解していても苛立ちを感じるのだから、初対面の相手では即刻友達対象外に分類するのではなかろうか。せめて入学初日くらいは普通の女子の皮を被った方が良いだろう。


「登校早々イヤァ~なメンツ見てテン下げじゃん?」


「ちょっとスヴェン」


「なんだよゆるふわ」


”ゆるふわ”とはリードの癖毛を揶揄するあだ名だ。


「あのな、安心してテンション上がるのは分かるけどそれが喜びだって他人には理解しにくいからもう少しお口チャックな」


リードはご丁寧に右手で己の口の前で何かを摘む形をとって、左から右へ動かす。見る見るうちにスヴェンの顔が紅潮し、肩を怒らせ叫んだ。


「そっそんなんじゃ、ねーし!バァーカ!ゆるゆるのふわふわが!ふわふわがっ!!このっふわふわがっ!!」


貴族ではあるものの、5人兄妹の末っ子で上は全員男ゆえに振る舞いは淑女と言うより男児のスヴェン。そして同じく5人兄妹の長兄で抜群の面倒見、否、もはや母性を発揮しているリードは、初等学校時代より教員の思惑でワンセットにされ続けているコンビだ。余談だがこのコンビを地元では”抱き合わせ販売”と言う。この二人が同じクラスなのは偶然か、それとも中等学校で起こした数々の問題がそうさせたのか…。

ぎゃんぎゃんとうるさいスヴェンと、それを構ってやるリードを眺めながらふと思う。


「すでにこのメンバーがフラグな気がしてならない…」


「何か言った?」


「いや何も…」

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