終章2

 警察署に着くなりアイレスはファーガ警部を待合スペースに呼びつけて、新たな証拠品の藍色の枕を提示した。

 口頭であれこれと変装の手口を説明するアイレスだが、警部は首をひねるばかりだ。

「ううむ、アイレス嬢ちゃん」

「何、説明不足?」

 警部は困り果てた様子で頭を掻く。

「道理はわかったが、枕なんかで巨乳を偽造できるものなのか?」

「できるから、証拠品なのよ」

 アイレスは警部の不得要領に苛立っている。

「アイレス嬢ちゃんが、その枕の手口を実演してくれ。そうすれば俺でもわかるはずだ」

「え、やるの」 

警部は頷く。

不承不承といった表情で、枕を持ったアイレスは俺と警部に背を向ける。

何故、毎回背を向けるんだ?

「アイレス、その手口を俺らに隠してやることないだろ」

「だって、手の動きがいかがわしい感じがするもの。見せられないわ」

 だ、そうである。どんな手の動きなのだろうか?

 裾を引っ張り微調整らしき動きをして、アイレスは振り返った。

「おおっ」

 警部がたちまち唸った。

「ジーナ嬢ちゃんに負けず劣らずだな。大したもんだ」

「これでわかったでしょ、この枕が立派な証拠品だってことが」

 警部は感心したように、ニヤッとしてうんうん頷いている。この警官、違う意味で頷いてないか?

 アイレスも満足顔で背を向けて、素の姿に戻って告げた。

「それじゃあ、ピットフォーに行きましょう」

「ガッテンだぜ、アイレス嬢ちゃん」

 警部も気合を漲らせた。

 意気揚々に歩き出した二人に続こうとした俺は、ふとこの場にいない金壺眼の警官を思い出した。

 最初はジーナさんを容疑者だと疑い、アイレスにジーナの無実を証明されると人が変わったみたいに、捜査の協力を仰いできたチャールズ巡査長だ。

「警部?」

 俺は筋骨逞しいファーガ警部に声をかける。

 警部は急制動をかけて、俺を振り向く。

「ん、なんだ坊主」

「チャールズ巡査長は?」

「あいつなら詐欺事件の調査で書類仕事してるよ。こっちの事件にまで手が回らないと思うぜ」

 直々にアイレスへ事件解決の助力を求めた人物だ。さぞ幕引きを見届けたかったであろう。

 チャールズ巡査長と聞いて、アイレスがふんと鼻を鳴らした。

「あんな見掛け倒しの間抜けなゾンビなんか、いないほうがいいわ」

 滅茶苦茶言うなぁ。

「それにアレックスがいれば、大概の悪党は取り押さえられるわよ」

「おうよ」

 警部は自慢げに親指を立てた。

 そうして俺達は警察署を出ると、駅に向かいピットフォー行きの列車に乗った。

 

 列車で小一時間、俺達は石造りの住宅がいらかを並べる町ピットフォーに、またしても訪れた。

 所々、煙突から鼠色の煙が立ち昇っている家も散見できる。

 駅舎のある低い丘を下って目的地へ進み始めると、藍色の枕を手に持って携えているアイレスが、俺と警部に真剣な表情を向ける。

「相手は殺人犯よ、いつ発狂して襲ってきてもおかしくないわ。前回会った時は温順だったけど、油断は禁物よ」

 俺はしかと頷いた。

 警部も頷きはしたが、余裕の笑みを浮かべている。

「アイレス嬢ちゃん、心配はいらねえ。退役はしたがエリート軍人だった俺が付いているからな、百人力だ」

 へえー、フャーガ警部って元軍人なんだ。だから筋肉が隆々としているわけだ。

 そうしてしばらく歩きベイルさんの店舗である建物が見えだしてくると、いよいよ俺は緊張が高まる。

「なんて言って、入りゃいいんだ?」

 警部が声を潜めてアイレスに尋ねる。

「そうね、前回演じた役をそのまま用いましょう。それでアレックスがピーター・ベイルが腕を疑いもなく差し出すように、誘導尋問してちょうだい」

 誘導尋問と聞いた途端に、警部は悄然と肩を落とす。

「アイレス嬢ちゃん、俺が誘導尋問なんて器用にできると思うか? それこそ誘導尋問はチャールズ巡査長の十八番だぜ」

「じゃあアレックスが突進でも敢行して、身動きをとれなくして手錠かけちゃって。手っ取り早いし」

 投げやりで力押しの作戦である。まあ確かに手っ取り早いけど。

「手錠をかけたら、どうするんだ。すぐに連行か?」

「あたしの申し分ない高尚な推理を犯人に聞かせてやるわ。その間、アレックスは犯人をしっかり抑え込んでてね」

「おう、任せろ」

 警部は請け合った。

「ガーゼルも異論ないわね」

「ああ」

 よろしいとアイレスが頷いた。

話し合いの決議と同時に、俺達はベイル寝具店と書かれた門柱を通り過ぎて、いざ入り口に立った。

 表口のドアを警部がノックする。

「ピーター・ベイルさん、いますか?」

 警部が在宅を確かめる。

「どなたですか?」

温厚そうな声が聞こえてドアが開けられ、ベイルさんが姿を現す。

 来客の俺達を見回して、

「あなた達でしたか。どうぞお入りください」

 と、快く店内に通してくれる。やっぱり、この人を殺人犯と結び付けるのは今となっても難しい。

「では、失礼します」

 そう言って警部が入っていき、俺とアイレスも続く。

 何の変化もない店内の奥にある、小さな勘定台にもたれかかってベイルさんは人の良い笑顔で俺達に問いかける。

「犯人は捕まったんですか?」

「ピーター・ベイル……」

 警部が低い声で名前を口にしながら、標的を狙い定めるようにベイルさんを眼光鋭く睨みつけた。

 警部から向けられた雄々しい眼孔に、ベイルさんは無表情になって右腕を背中に回す。

 その刹那、

「動くな」

 下腹が凍えるような冷え切った声が聞こえた。

一瞬、誰の声なのかわからなかったが目に入った状況で遅まきに気付く。

 ベイルさんがいつの間にか右手に持った拳銃を、俺とアイレスの前に立つ警部に真っすぐ向けていた。

 撃鉄を起こす異音が響いた。

「お前達、よくも騙してくれたもんだ。注文品を受け取りにクルチョワへ行ったときに調べがついたよ。アイレス・フェルナンド、お前探偵だったんだな。それに捜査官を名乗ってたこいつが、クルチョワ警察署所属のアレックス・ファーガ警部。ガーゼル・シルバについてはアイレス探偵の付き添いだそうだな。まあ、お前達全員が犯人逮捕の目前でお釈迦だな」

 ピーター・ベイルは暗い銃口を向けたまま、嘲笑を口辺に漂わせる。

 俺とアイレスと警部は、一様に黙り込む。

「この銃には七発装填してある。お前ら一人に二発ずつ撃ち込んでやる。残った一発で私はアリシーの後を追うよ」

「させないぞ」

 銃口を睨み返して、警部が勇ましく叫んだ。

 冷ややかに警部を見据え、ベイルさん拳銃を持つ腕をさらに前に出す。

「いきった警察官には初弾から額を一発、それで脳しょうをまき散らして、ぽっくり逝ってもらおうかな」

 その台詞が俺の心臓を恐怖の魔手に鷲掴みさせた。銃口がまるで靄の中にあるように揺らいで見えた。

「ガーゼル」

 恐怖に占められた俺の耳に、アイレスの囁きが聞こえた。

「どうしたら、いいのかな?」

声を震わしてアイレスは疑問形で呟く。

 俺が知るはずない。

打開策を真っ先に実行してくれそうなフャーガ警部さえもが、銃口を前に身動きできないでいる。

「お前達は私を捕まえるつもりでここに来たんだろ。違うか?」

 ベイルさんが卑しく冷笑して問いかけてきた。

 俺達はだんまりを決め込む。

「誰も答えてくんないか仕方ない指名しよう。アイレス・フェルナンド、なぜここに来た?」

 俺はちらりと隣のアイレスを窺う。

 震える声を抑えるわずかな静寂を置いて、ベイルさんに向けて毅然としてアイレスが口を開く。

「あなたの考えているとおりよ」

「そうか、じゃあ何故私を捕まえに来た?」

「あなたがアリシー・アルベロアを殺した、犯人だからよ」

 アリシー・アルベロア殺しの犯人は、相手を卑下するようにニヒルな笑みで口の端を吊り上げる。

「確かにアリシーを殺したのは私だ、罪を犯したことはわかっている。しかし、どうして私が犯人だと気づいたんだアイレス・フェルナンド。殺す前に聞いておきたい」

「嫌よ、あなたに話す気はないわ」

 敢然とアイレスは拒絶した。

 ベイルさんは露骨に舌打ちする。

「何故だ?」

「だって、話し終えたらあたし、撃たれるでしょ?」

 ピーター・ベイルの眉間に、深い縦皴が刻まれる。

「何故わかった?」

「お見通しよ、右足のつま先はアレックスに向いてるのに、左足のつま先はあたしの方向に。要するにあたしに対しても撃つ気があるってことでしょ」

 そうなのか? 俺は警部の肩越しにベイルさんの足を見る。

 確かに、彼の右足のつま先は真っすぐ警部の方向だが、左足のつま先はアイレスの方向に傾いている。

 アイレスは不敵に笑う。

「無意識、ってところかしら。目の前の相手と喋っていたとしても、惹かれている人物が近くにいればそちらに身体が向いちゃうものだもの。それと同じよ」

 滔々と心理学じみたことについて語る。

「黙れ」

いつもに増してより饒舌なアイレスを、ベイルさんは銃口で捉える。アイレスが悔しそうに口を噤む。その時、俺の恐怖が途端に薄くなり、揺らいで見えた銃口がはっきりとした。

「口を塞がないと撃つよ?」

 口をつぐんだアイレスの前に、銃口を睨んだまま俺は進み出る。

「動くなと言ったはずだ」

 甲高い銃声。

俺のこめかみの横を銃弾が飛び過ぎていった。

「外れてしまったよ、命拾いしたな」

 ベイルさんは舌打ちして言った。

「ガーゼル」

 背後でアイレスが、か弱げに俺の名前を口にする。

「なんだ、アイレス?」

「血が……」

 こめかみに鈍い痛みを感じ、手を当ててみる。体温に似た温感の液体が指先に触れた。

「多分、かすり傷だ」

 アイレスが俺の服をぎゅっと掴んだ。アイレスの手は微かに震えていた。

「あたしに考えがあるの」

 服をさらに強く掴む。

「そのために勇気を分けて……」

俺とアイレスを睥睨してふん、とベイルさんは鼻を鳴らして、

「私は早くアリシーのところに行きたいんだ。愚劣な講釈にも勇敢な身代わり行為などにも付き合っている暇はないんだ、アイレス・フェルナンドにガーゼル・シルバ。とはいえまずはこの厄介そうな警官から撃ち殺すよ。次は外さないようにしないといけない」

 銃口を警部に向ける。

銃底に左手を添える。

警部の胸の高さに照準する。

 目が鋭くすぼめられる。

 引き金がゆっくり絞られる。

「てぇー!」

 アイレスの唐突な叫び声。

 なっ、と声を漏らしてベイルさんが唐突な叫び声に俺達の方に身体の向きを変える。

 次の瞬間、反射的に身体の向きを変えた勢いで少しよろめいたベイルさんの顔に、藍色の枕がふわりと直撃する。

「おらぁ」

 早くも状況を把握したらしい警部が、床を蹴って飛び掛かった。

 ベイルさんは警部に腰をホールドされ、床に組み倒される。

 何が起きたのか頭の処理がおいつかず、俺は警部に身体を組み倒されてもがくベイルさんを呆然と眺める。ベイルさんが指先に触れるか触れないかの位置にある拳銃を、どうにか掴もうともがいている。

「坊主、急いで拳銃を退かせぇ」

 警部の張り上げた声に俺は我に返り、急いで拳銃を壁際に蹴り飛ばした。

 拳銃は床を滑って壁に突き当たる。

「くそっ、くそっ、くそう」

 組み倒されてもなお暴れていたベイルさんの息遣いが乱れてきた。警部を押しのけようとする力がゆるやかに落ちていく。

 そしてついにベイルさんの動きが止まった。

「参ったか?」

 警部がベイルさんに尋ねる。

 ベイルさんは首を横に倒して激しく息をしながら、じんわりと涙を滲ませた。

 その涙目を肯定と見て取ったらしい警部が、腰に常備している手錠でベイルさんの両手首を拘束した。

「ピーター・ベイル、さん」

 ついさきほど奇妙な叫び声を出して枕を投げつけたアイレスが、俺の背後から歩み出て観念した様子でおとなしくしているベイルさんに近寄り、静かに話しかける。

 何を話そうというのだろう?

「どうして私が犯人だと気づいたんだって、あたしに訊いたわよね。今ならその経緯を教えてあげるわよ」

「……教えてほしい」

 弱々しいベイルさんの返事に、わかったわとアイレスは頷いた。

「私がアリシー・アルベロアの殺害されたのを知ったのは事件の翌日、その日に現場を見させてもらったの。被害者はベッドに腰掛けた状態で猟銃により頭部を射殺されていた。そして、部屋の中を調べているとベッド近くの窓のカーテンの生地が薄いことに気が付いたわ。その時には気にも留めなかったけど、次の日に被害者の友人と装ってあなたを訪ねたの覚えてるでしょ?」

「はい……」

「あなたの次にあたしはギャレット・ヤングを訪ねたの」

 ピーター・ベイルがはっとして首をもたげる。

「ヤング・ギャレット、その男だ。アリシーはその男と交際していたんだ!」

 初めて聞いたぞ。アリシー・アルベロアとギャレット・ヤングが交際? ヤングさんは狩猟仲間だ、って言ってなかったか? 

 アイレスはははぁ、と一人で合点がいった様子だ。

「被害者から直接、愛人だと聞かされたのかしら?」

 どこか楽しんでいるような笑みで問う。

「愛人とは呼んでいなかったが……会う予定があると聞いたら」

「つまり勘違いしたわけね?」

「勘違い?」

 ピーター・ベイルの顔に驚愕が浮かぶ。

「そうよ、だって二人はただの狩猟仲間だもの。恋仲ではなかったのよ。しかも、被害者の引っ越した理由がギャレット・ヤングにあるとしたら、フリデルではなく、なんでクルチョワなの? あたしだったら好きな人の近くに住みたいと思うわ」

 そこまで言って、俺を一瞥する。

 なんだ、その非難がましい目は?

「はあ、なんで男って、みんな女心がわからないのかしら」

 わざとらしく溜息を吐いて首を振る。

 みんなの中に俺は含まれてるのか。うーん、これからは女性と接する時はもうちょっと気を配ってあげようかな。

「それではなんで、ギャレット・ヤングの方ではなくアリシー・アルベロアを殺したの。憎む相手が違うんじゃない?」

「アリシーがあの男に泣きついて悲しんでる姿を見たくなかったんです。それを想像すると、自分に愛が向けられていないのを実感してしまいそうだったから。アリシーを誰の者にもさせたくなかっただけなんです、臆病ですよね」

 はは、とベイルさんは自嘲的に笑った。

 アイレスは同感を示すように頷いてから、

「気持ちはわからないでもないけど話を戻すわ。ギャレット・ヤングを訪ねた時、彼はおそらくヤードくらいの道を隔てて、あたしとガーゼルを正確に男女の二人連れと認識したわ。近眼の人にはできないことよ。そしてアレックスから現場の向かいに住んでるロリスさんの証言も聞いたわ。翌日にはハートさんを、あなたが事件の夜に訪れたのが嘘でないか確かめに伺わせてもらったわ。はああ、探偵ってこと明かすんじゃなかったわ。そうすればあなたに勘付かれることもなかったのに」

 唇を尖らして、アイレスは後悔を口にする。

 自分の生業をやたらめったら、他人にひけらかすのは良くないってことか。

「その後、クルチョワ中央ホテルで勤務するクリスに話を訊いたの。ロリスさんの証言した犯人像と一致した女性の名前が確認できたわ。ラビアン・ドレスよ。ところでこの名前はどうやって思いつたのかしら?」

「深い意味はありませんよ、平凡そうな名前を考えてたら思い付いたんです」

「ラビアン・ドレスっていう女性はいないらしいわ」

 ベイルさんが目を丸くする。

「いないんですか?」

「凄い偶然よね、もし存在していたら捜査も暗礁に乗り上げていたわよ」

「私のミスですか」

「そういうこと」

 アイレスはきっぱり言い切った。

 相手が殺人犯とはいえそんなことないわ、とか言ってあげろよ。ベイルさん、苦虫を噛み潰したような顔になっちゃったよ。

「ラビアン・ドレスが存在しないことが判明してからアレックスも連れてもう一度、あなたとヤングさんを訪ねたけど、これといって何も得られなかったわ。だからラビアン・ドレスの正体を暴こうと、彼女が泊まったっていうホテルの客室を調べたの。するとね窓から現場のアパートメントが見えて、カーテン越しに部屋を観察できることを知ったの。その後、公園行ったらたまたま血の付いたコートと犯人の髪色に似たウィッグの入ったトランクを発見したわ。後は……」

「ちょっと待ってください?」

 ベイルさんがアイレスの推理披露を止める。

「トランクは埋めて隠したはずです、どうやって見つけたんです?」

「探し物をしていた男の子がいたのよ。手伝ってたら、偶然トランクが土から出てきたのよ」 

 事も無げにアイレスは答えた。

 愕然とした顔で、ベイルさんはアイレスを見つめ返す。

「トランクから出てきたコートの返り血の付着位置から、犯人が女性という決め手になっていた胸の膨らみが変装であることに気が付いたの。その変装に使われたのが、この枕。そうなったらもう犯人が男性でも充分ありえてくるの。しかも被害者は親しい知り合い以外は、部屋に入れないそうよ。だから結果的にあなたとギャレット・ヤングにあたしは犯人として白羽の矢を立てたわけ」

 しかし、とピーター・ベイルは唸り、

「私には事件の日、ハートの家に行ったアリバイがあったのに、どうして私が犯人だと

特定したんですか?」

「アリバイに基づいて時間を計算したのよ」

「時間を計算?」

「まずギャレット・ヤングのアリバイは事件の日終電でフリデルに帰った、というもの。あなたは事件の翌日始発で帰った、というものだったわね。ラビアン・ドレスがホテルをチェックアウトした時刻は二十一時一分、事件当日のピットフォー行きの終発は二十一時三十分、その時差は二十九分。それに対して犯人はホテルを出て、アパートメントで被害者を殺害し、公園にトランクを埋めた。ここまでの移動時間だけでニ十分必要なことがわかったわ。さらに公園から駅までは十分かかるし、部屋に上がって被害者を殺害する時間と公園でトランクを埋める時間も合わせたら、三十五分は短くてもかかるはず。そうなるとラビアン・ドレスの正体がギャレット・ヤングである場合、終発の列車には間に合わないのよ。でも、あなたがホテルにチェックインした時刻は二十二時一分、ラビアン・ドレスがホテルから出た一時間後。殺害からトランクを埋めるまでにかかる時間に公園からホテルまでの移動にかかる時間を加味しても五十分くらい。ハートさんのお宅は公園とホテルを結ぶ通りにある。ならばハートさんに注文を頼んでいく時間を含んでも一時間以内におさまるわ。こうしてあなたが犯人だと特定できたのよ」

 話し終えてアイレスはピーター・ベイルにニコリと、自信に満ちた表情で微笑んだ。

 ベイルさんはそうですか、とだけ弱く呟き唇を強く引き結んだ。

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