終章

終章1

「なんで、枕で悪戯するわけ」

 アイレスはソファに居座り不機嫌に唇を歪めて、ドアの前で立ち尽くす俺を説教する。

「首謀者は?」

 必死に首を振って、俺は否認する。

 胡乱げに俺を見据えて、片眉をぴくりと動かした。

「じゃあ、ジーナ?」

「そう、なのかな?」

私が犯人だ、とジーナさんは言っていた。まさか、悪戯の犯人ってことだったのか。

「ジーナでしょ?」

「そう、なんだろ」

 俺は曖昧さを少し残して、そう答えた。俺が死に物狂いで走ってきたというのに、単なる悪戯だったとは、むなしくて泣けてくる。

 アイレスは大きく溜息を吐くと、膝に肘をのせて頬杖をつき大儀そうに言う。

「ジーナって時々悪い気起こして、あたしに悪戯するのよ。今回なんて、あからさまな皮肉だわ」

「皮肉って、どんな悪戯されたんだ?」

 なんとなく訊いてみた。

 アイレスはつんとそっぽを向く。

「なんであんたに話さなくちゃいけないのよ」

「そうあまのじゃくになるなよ。どんな悪戯なのか気になったんだよ」

「あたしのコンプレックスに対しての明らかな皮肉よ、いくら相手がジーナでもむかむかするわ」

 仕掛けてきたのが仲の良い幼馴染でさえも腹の立つ悪戯とは、一体?

 アイレスが横目に俺を見て、

「しょがないわね、ヒントをあげるわ。ジーナは足りててあたしに足りないものよ」

 うん? ジーナさんに足りててアイレスに足りないもの? そうだなあ。

「お淑やかさ」

「あたしが淑やかじゃないっていうの?」

 違うのか。

「じゃあ、穏やかさ」

「穏やかじゃないのあたしって……まあ、知ってるけれど」

 アイレスは苦笑した。自覚あったのかよ。

「それじゃあ、なんだよ?」

「事件にも話題が出てたじゃない。あたしが一つだけ解けなかった謎」

 アイレスが唯一、解けなかった謎ってことはひょっとして、

「胸か」

「正解、だけどなんか憎いわね」

 アイレスは頷いて、すぐ不機嫌顔になる。

「胸ってのはわかったけど、ジーナさんの悪戯と何の関係があるんだ? 俺の枕も」

 俺は屈んで、足元に落ちている枕を手に取った。

 奇妙な生温かさがまだ残っている。

「枕の形で気が付かない?」

「枕の形?」

 手に持つ枕をじっくりと見てみる。

 山が二つ連なって谷がある、そんな形容が似合う形をしている。

「山が二つ連なって谷がある」

「まだ、わからない?」

 こんな山岳風景の簡略化みたいな枕から、何に気付けって言うんだ。

「わからない」

 俺は考えるのを諦めて肩をすくめる。

 はあ、とアイレスは嘆息し、

「ちょっと貸しなさい」

 そう言って枕を俺の手から奪うと、いきなり背を向けた。

「何をする気なんだ?」

「仕方ないわね。この枕の使い道のもう一つを見せてあげるわ」

 不本意そうにアイレスは言った。

 枕のもう一つの使い道? そんなのあるわけない。枕は寝る人の頭の下に挟むものだ。

 アイレスは何やらもぞもぞと枕を使って、微かな衣擦れの音を立てている。

「できたわ」

 そう呟いて頷き、上衣の裾を引っ張った。そして俺に向き直る。

 俺は天地がひっくり返るような強烈な衝撃に打たれた。

アイレスが巨乳になっていた。

 着ている上衣がはちきれそうである。

「あんたが鈍いから、こんな可笑しな姿にならないといけなくなったのよ。ガーゼルのバカ!」 

 呆気にとられた俺を、真っ赤な顔で罵倒する。

 確かに可笑しい。

「な、なに笑ってるのよ」

「い、いや全然似合わないからさ」

 失笑しながら、俺はそう答えた。

「どうせ、身体が小さいから巨乳はダメだとか、そんな理由でしょ」

「いや、そうじゃなくて。いつもアイレスの方が可愛いなって思っただけだ」

 アイレスは押し黙り、真っ赤な顔を伏せた。

 ぶつぶつと何か言い続けている。

 しだいに赤みが引いていき、不意に顔をもたげ、

「そんな返事、戯言よ」

 とぎこちなくふてくされたように腕組みした。偽りの巨乳が邪魔して腕を組みにくいらしい。

 戯言って、ひどいな。正直に言っただけなのに。

「でもこれで、変装の手口も見破ったわけでしょ。後は証拠をつきつけて逮捕するだけじゃない。ジーナの何気ない悪戯が事件解決の手がかりになったわけね」

 偽りの巨乳を興味深そうにいじりながら、アイレスが言った。

 そして再び背を向け、もぞもぞ衣擦れの音を立てて枕を抜き取った。

 着衣を整えながら、

「警察署でアレックスを拾って、ピーター・ベイルのいるピットフォーに直行ね」

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