六章4
針でぶすぶすと穴をあけられて空気がその穴から抜けていく肺みたいに、息を吸い込んでも吸い込んでもすぐに苦しくなった。
出来ることなら今すぐその場に倒れ、少しでも足を動かしたくなかった。それぐらいに走っていて息苦しい。
俺に爆弾を処理することなんて、できるはずがない。そんなこと走り出してから気付いた。それでも足を止める気にはなれなかった。
通行人が俺を奇怪なものを見る目で、一様に振り返る。
冬だというのに全身から汗がだくだくと流れ出て、服は大量の汗でを含んで身体にへばりついていた。
家までの道のりがここまで長いとは、思いもしなかった。
走っても走っても視界に見慣れた、メゾネットの建物が見えてこないことが歯痒い。
それでも周囲が徐々に、毎日見ている景色に変わっていっている。確実にアイレスの元に近づいている。
ようやく求めてやまない自宅の姿が、通りの先に見えてきた。
「待って、ろよ、アイレ、ス」
俺は乱れた呼吸の中、絞り出して叫んだ。
吸気不足のせいか、意識が朦朧としてきた。
だが自宅は目と鼻の先だ。
玄関の前に来て、ノブを回す、鍵はかかっていなかった。
焦燥に衝き動かされ、玄関を閉めるのも煩わしく中に駆け込んだ。
「アイレスっ!」
返事はない。まだ目を覚ましていないようだ。
応接室のドアはぴったりと閉められている。
ノブを掴んで押し開けようとした。
「ひっ」
ドア越しに小さく怯えたような悲鳴が聞こえる。マズイ!
「ひゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃ」
突発的に悲鳴が響き渡る。
間に合わなかった____。
もう爆発する。
俺は硬く目を瞑った。
爆発に巻き込まれて、俺も____。
人生の結末が一瞬にして訪れるなんて、思いもよらなかった。走馬燈が流れる余裕さえなさそうだ。
__________
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____
__あれ?
閉じていた瞼を、ゆっくりと上げる。
最後に視界に映っていた応接室のドアが、何の変化もなく俺の前にある。
不発?
だとすると、まだ爆弾は仕掛けられたままになっているはずだ。
一刻も早く、アイレスをこの部屋から連れ出さなければ。
「アイレス!」
焦眉の急でドアを開けると、
「あんたか、ガーゼル!」
応接室の異常な光景が、一時に目に入ってくる。
ソファで上体を起こしていたアイレスは、尋常じゃない叫び声で振り上げていた何かをぶん投げた。
ぶん投げられた何かは俺に迫り、思わず目を瞑る。
「うわっう」
俺の顔面に命中。
命中した何かは奇妙なほどにソフトで痛みもなく弾んで、俺の足元にぽとりと落ちた。
数瞬の後、床に落ちた何かを見下ろす。
俺は毒気を抜かれた。
俺がベイルさんの店で買った藍色の枕だった。
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