三章犯人の特徴
三章1
昨日、ベイルさんに教えてもらった住所を訪ねると、レンガ造りの住居から不景気な顔をした、白いヤギ髭の老人が怪訝そうに出迎えた。
ベイルさんに場所を教えてもらったと伝えると、人柄が急変してすすんで中へ通してくれた。
応接間の炉端の籐椅子に腰かけると、俺達に対面のソファを勧めてくれたのでご厚意に甘えてソファに座らせてもらった。
暖炉の火が穏やかに燃えている。
「ピーター君からここを教えてもらったそうだが、お二人は?」
礼儀良くアイレスは深く頭を下げる。
「アイレス・フェルンドです」
俺も名乗る。
「ガーゼル・シルバです」
白髪の老人はうむ、と頷いて、
「ジョンテ・ハートじゃ。それで君達はピーター君から何を頼まれてきたのかの?」
「ある女性をご存知かどうかお聞きしたくて訪ねたんです」
「ある女性とは、誰じゃ? わしの可愛い孫娘ことかの?」
「アリシー・アルベロアさんです、ご存知ですか?」
「わしの孫娘はローザといっての。わしをおじいちゃんおじいちゃん、呼んで実に可愛いええんじゃよ」
うっとりとハートさんは聞いてもないことを語る。
アイレスが不機嫌に仏頂面になっている。
俺は軌道が逸れた話柄を修正するため、遠慮気味にハートさんに声をかける。
「あのー」
「どうしたんじゃ、シルバ君。わしの孫娘に会いたいのかね」
「いえ、そうではなくて。アリシーさんをご存知でないか尋ねてるんです」
「おお、そうじゃった。四六時中ローザのことを考えとるからのあれを買ってあげようとかこの服を似合うだろうとかの。故に他に考えが回らんのじゃい」
脳内がローザちゃんパレードなのだろう。お幸せなことだ。
仰々しくハートさんは咳払いして、
「アリシーという名前はピーターから聞いとる」
アイレスが尋ねる。
「彼女の交友関係とかはご存知ですか?」
「すまないが、わしは彼女の子細については何も知らん。ピーターと知り合いということぐらいじゃ」
「そうですか、ではピーターさんについてはどれくらいしご存じで?」
「ピーターのことじゃったら大分知っておる」
アイレスが関心を示して身を前に傾ける。
「ピーターさんとはどのくらいの付き合いですか?」
ハートさんは意気込んで質問するアイレスに、若干戸惑いつつ答える。
「そ、そうじゃの……十数年はうちで材料を買ってくれとる。この前も注文を取っていったばっかりじゃ」
「この前とはいつのことです?」
「三日前じゃ、ホテルに泊まって明日の始発で帰ると言っていたの」
三日前ということは、事件が起きた夜にピーターさんはこの街に来ていたのか。
アイレスは口周りを右手で覆って、一人黙考する。
少しして手を離し、ハートさんに尋ねる。
「ピーターさんがどこのホテルに泊まったか、ご存知ですか?」
「うむ、クルチョワ中央ホテルじゃ。注文書の記入に不備があったらホテルに電話してくれ、とわしに頼んで出ていったの。長居はせんかったよ、五分くらいじゃったな」
記憶を思い返して、ハートさんは明かしてくれた。
再びアイレスは黙考する。
「ミス・フェルナンド、つかぬことを訊くが……」
考え事に意識が偏っていたアイレスに、ハートさんが質問する。
アイレスは弾かれたように顔を上げた。
「な、なにかしら?」
「何故わしにピーターのことばかり訊くんじゃ?」
「それは、仕事だからです」
きっぱり答えた。
ハートさんは首をひねる。
「仕事とな。わしに質問することがかの?」
「ええ、聞き込みですから」
「何の仕事じゃ?」
アイレスは膝に載せていた両手の指を、もじもじ絡ませる。
「お恥ずかしながら、探偵です」
「ほおー」
意外というような顔をしてハートさんが呻いた。
「探偵とな、またいかにして?」
探偵をやっている訳を問われ、途端にアイレスの表情に微々たる哀感が宿る。
アイレスの表情の変化に気が付いたようで、ハートさんは慌てて詫びる。
「失礼なことを訊いてしまった。すまぬの」
「いえ、気にしないでください。ではあたし達はこれで」
アイレスは立ち上がり、会釈して玄関口に向く。
俺も頭を下げ、アイレスの後に続いた。
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