二章3
自宅のドアをくぐると、応接間からジーナさんが俺とアイレスを出迎えた。
「おかえりアイちゃん、シルバさん」
なんでジーナさんが応接間に?
「ただいま、ジーナ」
アイレスが微笑んで言った。
ジーナさんは応接間を指さす。
「アイちゃん、お客さんが来てるよ」
「お客さん?」
覚えのない客人の来訪にアイレスは眉を寄せる。
「誰よ?」
「警部さん」
「ああー」
テンポの早すぎる受け答えで、アイレスは合点する。
警部さんって昨日街でアイレスと話をしていた、アレックス・ファーガ警部のことか。ジーナさんの反応を見るにどうやらあの警部と面識があるらしい。
しかし何故、あの人がアイレスの自宅に来たんだ?
「アイちゃんに話があるって」
「わかった。ジーナは先に夕飯食べてていいわよ」
ジーナさんはうん、と頷きリビングに入っていった。
アイレスが俺を振り返り、思い迷むように見据えてくる。
「あんたは……まあ、ジーナと夕飯食べてなさい」
別に構わないが、警部と探偵の娘の話となると内容が気になる。今日の聞き込みと何か関係があることなのかも。
好奇心が顔に出ていたのか、アイレスの俺を見据える目が厳しいものになる。
「盗み聞きしたら家を追い出すから」
それは困る。宿無しは嫌だ。
「そんなこと、しねぇよ」
「当然よ、じゃあんたはゆっくり食事してなさい」
そう俺に言いつけて、アイレスは応接間に入りドアを閉めた。
ジーナさんと世間話をしながら夕飯を食していると、警部が玄関から出ていく足音の後に、アイレスがリビングに現れる。
難しい顔をして食事の席につく。
「警部さんと何を話してたんだ?」
俺が尋ねるとアイレスはちらりとキッチンのジーナを見てから、声をひそめて答える。
「……ジーナが帰った後で話すわ」
「ジーナさんに聞かれたらマズイことなのか?」
「ええ」
俺もキッチンでアイレスの分の食事を盛りつけているジーナさんを見遣る。
「ジーナは手伝いたいとか言ってこないわよ、お父さんの甥っ子っていう関係を口実にせがんできた誰かさんと違って」
いちいち嫌味を挟んでくるので腹が立つ。
「二人で何を話してるんですか?」
盛り付け終えたジーナさんが、食事をアイレスの前に置いて訊いてくる。
「ん、進展がなかったなって」
「事件解決のですか?」
「そういうこと。じゃ、いただきます」
それ以上の質問を避けるように、アイレスは黙々と夕食を食べ始めた。
ジーナさんもアイレスを見つめるだけだ。探偵の仕事について詳しく話してくれないことをわきまえているらしい。
事件については触れなかったが、他愛ない会話が交わるので相も変わらぬ和気藹々とした夕食となった。
食後数時間が経過、ジーナさんが夕食の片づけを終えて帰ってから、アイレスは応接室に俺を呼び出した。
執務机の安楽椅子に座り、難しい顔をしている。
何を考えているのか?
俺の疑問は当のアイレスによって中断された。
「ガーゼル、警部から聞いた話なんだけど」
前触れもなく切り出す。
後で話すと言ってはいたが、出だしが唐突過ぎるだろ。
「事件当夜、クルチョワ中の御者は客を一人も乗せていない。加えて銃声を聞いて、その後アパートメントから出てくる人物を目撃した人を見つけたそうよ。アレックスが言ってたわ」
かなり重要な情報だ。
アイレスはツイードの上着から警部から渡されたのだろう、便箋用紙を小さく破り裂いたような紙を一枚取り出して言う。
「アレックスいわく、目撃者はマンションと通りを挟んだ向かいにある家の主人で、妻と二人暮らしのロリスさん。通りを見下ろせる二階の窓際でスコッチの一杯目を飲み始めようとしている時に銃声を聞いて、アパートメントから出ていく人を偶然見た、と言ったそうよ。飲み始めで酔いも回っていない。ロリスさんいわく、長く金色っぽい髪、黒いロングコート、大きめのトランクを持った女性、ということみたいだわ」
俺の脳内で犯人像が形成される。
黒いコートを着てトランクを手に持った長い金髪の女性。その特徴に見合った人物を目撃した人を当たっていけば、いずれ犯人も突き止められることだろう。
とはいえこの情報を、何故ジーナさんに教えてはマズいのだろうか?
「なあアイレス」
「何?」
事件解決の糸口を手に入れたはずなのにいまだ難しい顔をしているアイレスに、俺はジーナさんに教えてはいけない理由を尋ねた。
返答は意外なものだった。
「この特徴、ジーナに似てるじゃない」
そうだろうか?
亜麻色の髪は確かに夜目ならば金に似た色の髪に見えないこともない。しかし、相似しているのはそれだけだ。
「似てはないだろ」
「そうよね、似てないわよね。あたしの考えすぎね」
俺の意見を聞き、安堵の表情になる。
どうやらジーナさんが疑われることを心配していたらしい。
憂いを取り除いた表情でアイレスは、昨夜同様に人差し指を立てて突きつけてくる。
「明日も聞き込みするから、いいわね」
それは構わんが、朝早いのは勘弁してくれ。
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