二章2

 半時間かそこらで、俺達はフリデルの駅に降り立った。

 俺の記憶にあった景色と何分変わりなく、駅からすぐに建物は見えず、緑深い森があるだけだ。

「道、わかるわね?」

 フリデルに来たのは初めてなのだろう、アイレスが訊いてくる。

「真っすぐしか道がないよ」 

 しばらく馬車同士がすれ違えるほど広いその林道を歩くと、左右の道端に丸太造りの家屋がちらほら見えてくる。

 歩きながらアイレスが言う。

「訪ねるのは猟具店のギャレット・ヤングよ」

 猟具店、その場所なら知っている。

「どこかしらね?」

アイレスは首を巡らす。

「あそこだよ」

 俺は少し進んだ道の左手にある、民家だとしたら大きすぎる丸太造りの建物を指さす。

「行きましょ」

 アイレスは早速、その建物に足を向けた。俺は後ろを着いていく。

 表の出入り口の前に来ると、アイレスがノックするように手の甲をドアに向ける。

「ちょっと待った。これを見ろ」

 俺はドアの横の目の高さに貼られた紙を見て声を出すと、アイレスの手が止まり不思議そうに俺を見る。

「どうしたのよ?」

「ノックするなって書いてある」

 貼り紙には他にも続けて書いてあり。

「大声の挨拶で呼べ、だって」

「大声の挨拶、どういうことよ?」

 わけのわからない貼り紙の文に、アイレスは眉根を寄せる。

「うーん、ごめんくださいって言えば反応あるんじゃないか?」

「ガーゼル、あんたやってみなさい」

 そうかかしら? とか考える気はさらさらないらしい。

 俺は普段の話し声より、少し大きいくらいの声を張り上げる。

「ごめんくださーい」

 返事はかえってこない。

 さらに声量を上げ、もう一度。

「ごめんくださーい」

 またも返事はかえってこない。

 以前来たときにはドアは開け放してあって、こんな苦労せずに入店できたのだが、まさか店仕舞いをしちゃったとか……はないか、大声で挨拶しろって言う貼り紙してあるし。

 俺は息を吸い込んでめいっぱいに叫ぶ。

「ごめんくださーい!」

「すまねぇ、男女のお客さん」

 唐突に後ろから声をかけられた。

 驚いて俺とアイレスが振り返ると、せっせとがっちりした身体付きの猟銃を二丁持った男性が林道を挟んだ反対の道端から駆け寄ってきた。

「倉庫にいて気づかなかったもんで、すまねぇ」

 男性的な濁声で詫びる。聞き覚えがあると思ったら猟具店のヤングさんだった。

 俺とアイレスを見て、何故か呵々と笑った。

「知らねぇ顔だな。二人で狩猟かい、デートにしちゃ野蛮だなぁ」

「で、デートじゃないわよ!」

 アイレスが頬を薄く紅に染めて強く否定する。

 俺とアイレスはいとこ同士の関係でしかないので、デートという解釈は大変な誤解だ。

「それであなたは、ヤング・ギャレットさんですか?」

 部分的にはね上がる、苛々した口調でアイレスが尋ねる。

 わっはは、と豪快に笑いヤングさんは親指を自身に向ける。

「いかにもこの俺がヤング・ギャレットだ」

 快活すぎるヤングさんを相手にアイレスはむっつりと眉を顰め、俺を肘で小突く。

「なんだよ?」

 俺の耳に口を寄せ小声で言う。

「こういう無駄に溌溂な人、苦手だわ」

 まあ、確かにペースについていけないな。

「あんた、何度か来てるんでしょ? 代わりに相手してくれない?」

「さっき知らない顔って言ってたから、俺のこと覚えてないんじゃないか」

「お二人さん、すまねぇがもっと大きな声で喋ってくれねぇか。毎日森の銃声ばかり聞いてっから人の話し声が聞き取れねぇんだ」

 ぬっ、と顔を近づけてきて言った。

 俺とアイレスはぎょっとして背中をこわばらせる。

「狩猟をやりに来たんだろ?」

「ち、ちがう、うわっ」

 たじろぎつつも答えようとしたアイレスの肩を、前触れもなくヤングさんが掴んだ。

「入れ入れ」

ドアを開け有無を言わさず、戸惑うアイレス店内にを押し入れる。次にヤングさんは俺を振りむいて、

「お前も入れ、さあさあ」

 気さくに催促されて、俺は拒むのを遠慮し従った。 

外装同様に丸太で組まれた店内の壁には、用途や形状のさまざまな猟銃、狩猟用ネットが手の届く高さでフックにかけてある。

「いいのが見つかったか?」

 ヤングさんが期待を孕んだ目で、俺に尋ねる。

 目的が猟具の購入ではないので、なんと答えていいのやら俺は苦笑いを返す。

「あ、ああと」

「そうかい、じゃあ俺のおすすめを……」

「ベイルさん、質問いいかしら?」

 アイレスが話を遮った。

 楽しげに口を動かし始めたベイルさんは、ぽかんとアイレスを見つめる。

「なんだ?」

「アリシー・アルベロアさんを知っているわよね?」

 質問を口にして、アイレスの瞳が真剣になる。

 しばし黙して、ベイルさんは答える。

「知ってるも何も狩猟仲間だ」

「じゃあアルベロアさんがクルチョワに住んでいるのはご存知ですよね?」

「知ってるが……聞いてどうするんだ?」

 ヤングさんの濁声が一層低くなり、懐疑的な目をアイレスに向ける。

 怪しまれているのか?

 途端にアイレスの顔が曇る。

「非常に残念です」

「はあ?」

「アリシー・アルベロアさんはお亡くなりになられました」

 ヤングさんの口から、声にならないと吐息が漏れる。

「どういう冗談だ?」

「ほんとうのことです。あたしたちはアルベロアさんの訃報を、ヤングさんに伝えに来たんです」

 気まずい沈黙。

 ヤングさんはアイレスの真摯な瞳を、注意深く窺い見る。

「嘘を言ってる風じゃねーな」

「はい、受け入れがたいですが嘘ではありません」

 ヤングさんが尋ねる。

「いつの話だ?」

「おとといの深夜だそうです」

「何が原因でアリシーは死んだんだ?」

「何者かによる殺害、と聞いています」

 ヤングさんの目に驚愕が映り、激憤にぎらつく。

「誰だ!」

 押し殺した濁声で怒鳴った。

「殺したのは誰なんだ!」

「まだ誰がアルベロアさんを殺害したのか、わかっていないんです」

「くそっ!」

 ヤングさんは自身の傍にあった、粗末な勘定台を蹴りつけた。

 思わず俺は凄まじい怒声に身をこわばらせる。

「帰ってくれ」

 額に手を当て床に視線を外し、ヤングさんが言う。

 アイレスは無言でヤングさんを見つめ、言葉をかけず入ってきたドアに足先を向ける。

「帰るわよ、ガーゼル」

「え、でも」

 俺はヤングさんを横目に見遣る。

 アイレスは首を左右に振った。

 俺とアイレスはフリデルを後にし、駅でクルチョワ行きの列車で帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る