一章3
夕食を食べ終え、今日から新しく自室となった部屋のベッドに仰向けに寝転がり、これからのころについて考えていた。
するといつの間にか眠ってしまったらしく、たった今灯りの下で目が覚めた。
灯りを点けっぱなしまま、眠ってしまったらしい。寝起きの目には痛い。
「今、何時だ?」
父が村を出がけに渡してくれた懐中時計を、チョッキの内ポケットから取り出す。
深夜の一時を過ぎている。
「こんな時間か、アイレスもジーナさんも寝てるだろうな」
誰も起きていやしないだろうが、俺はベッドを起き出してドアから階下を窺う。
真っ暗だと思っていた廊下に、リビングの向かいの一部屋から、煌々とした光がドアの隙間から細い線になって漏れ出ていた。
まだ誰か起きている。誰だろう?
好奇心に引かれて、俺は静かに音を立てぬよう気をつけて階段を降りた。
光の漏れる部屋のドアをゆっくり開け、中を覗く。
天井に二個の灯りがともっていて部屋全体を明るくしている。ここは応接室なのか部屋の中央には低いテーブルとその両側にソファ、左端には高級そうな執務机、それを背の高い書棚が左右で挟んでいる。
「あっ」
俺は変な声を出して驚く。
事務机にアイレスが顔をつけて突っ伏していた。
こんな夜中に何をしているのだろうか。
気になって歩み寄ってみると、アイレスは束になった書類の上で静かに肩を上下させて寝息を立てている。
こいつ毎日、こんな寝づらそうな場所で寝てんのか?
__うん?
俺のつまらない疑問を、たまたま目に入ったアイレスの腕の下の紙面が頭の隅に追いやった。
腕の隙間から王室小包爆弾事件の字が見える。昼間にカフェでアイレスに聞かされた事件の名だ。
気にかかり俺はその書類をアイレスの細い腕を退かして引き抜く。
「なにっ?」
アイレスがビクンと顔を起こした。
俺は後ろめたさに硬直する。
「……ガーゼル?」
目の前の俺を呆然と見上げて、アイレスが首を傾げる。
書類を持った手をとっさに背中に回して、俺はどうしようもなく引きつり笑う。
寝起きのぼんやりから立ち直ったらしく、アイレスは訝しげに俺を睨む。
「背中に隠したもの、それ事件の資料でしょ?」
わかりきった顔で訊いてくる。
誤魔化すすべもなく、苦笑して謝りながら俺は書類を返した。
書類を受け取ると、アイレスは試すように微笑む。
「この事件、気になる?」
「そういうわけじゃない。見えたから手に取っただけだ」
「これは大したことない事件よ」
「大したことないって、王室に爆発物が届くなんて一国の大事件じゃないのか?」
俺の驚きぶりを見て、アイレスはううんと首を横に振る。
「王室っていう規模が大きいだけで、解決には苦労しなかったわ」
「苦労?」
「王室に爆弾の入った小包が届いただけのことで爆発しなかったし、犯人も最初から明らか。そう聞くと苦労することなんてないでしょ?」
「うーん、俺にはわかんない」
まあ、そうでしょうねと意地悪い笑みを浮かべて言った。
「それより、なんでガーゼルがこの部屋にいるの?」
アイレスが話頭を転じる。
なんでって。
「明かりが点いてたから、誰か起きてるのか気になって」
「それだけなの?」
意外だと言わんばかりの顔で、目を大きく開き俺を見る。
俺は頷く。
「なんだぁ」
彼女はぐったりと、再び机に突っ伏した。
俺が何かするのを期待してたのか? でも何を?
「あー、そうそう」
気の抜けた声で喋り出す。
「ジーナなら夕食食べて少ししたら帰ったわよ。いつもはもっと長く居るのに」
俺がいるから遠慮したのかな、そうならば申し訳ない。
「まあ、明日の朝また来るんだけどね。家事はすべて任せっきりだから」
えへへ、とアイレスは恥ずかしそうに笑う。
「明日は朝から買い物に出掛けるから、覚えといて」
「買い物?」
「ガーゼルが必要な物を買わないといけないし、街の案内も兼ねてね」
ああ、そうだ。日用品がほとんど揃っていないんだった。
「それじゃ、おやすみ」
俺にそう言って、顔に腕に埋めた。
「おやすみ」
俺も部屋に戻って寝直すか。
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