第13話 惨殺の闇

高鳴る鼓動とともに、燕の視界が徐々に暗くなってくる。


「黒羽…これはなんだ?」


「案ずるな、必要な事なのじゃ」


夜叉が燕の体を回し両手で顔を掴むと、自分の顔に勢いよく近づける。


「な…何を!?」


「ふふふふ…よい眼じゃ燕よ」


燕が夜叉の瞳を凝視する。

徐々に眼球が黒く染まり始めるのを見て燕は息をのむ。


「まさか…私も…」


「ふふふふ……ではゆくぞ」


夜叉は燕の顔から手を離すと、兵士の軍に駆け出す。


「ははははは!愚鈍な人間どもに儂がれるか!!」


「待て黒羽!!数が多すぎる!」


燕が振り返り夜叉の背中を追う。

軍の前列が一斉に夜叉めがけて走りだす、その数は二百人にも及ぶ。


「一斉にかかれ!!首をはねよ!」


急に夜叉が立ち止まると大きく息を吸い込む。


「はぁぁっ!!」


夜叉が前方に凄まじい雄叫びをあげると、

前列の半数ほどの兵士達が、音もなく霧散して消える。


「ひ………ひぃぃぃ!」


襲いかかる兵士達が一斉に後退りをすると、

後方にいる指揮官が叫ぶ。


「弓隊構え!………射てぇぇい!」


無数の弓矢が夜叉めがけて飛翔してくる。


夜叉は片方の広角を上げ、己に降りそそぐ矢の雨を無言で見つめる。


「いかん、黒羽!!」


燕は全力で飛翔すると、夜叉の前に出る。

顔を合わせる夜叉はぽかんとして燕の瞳を見つめている。

燕はさっと夜叉の体を抱き寄せ包みこむ。


どすどすどす


無数の矢が地面に突き刺さる音とともに、

肉を貫く鈍い音が混じる。


「………つば…め?」


「かはっ……」


震える燕の体からぽたぽたと血が流れ落ちる。


「し……心配するな…こ…これし…き……」


燕は夜叉から体を離すと微笑み、ゆっくりと地面に倒れる。


「燕!しっかりせい!」


夜叉は両手で燕の体から全ての矢を引き抜くと、

自分の腕に刺さっている矢を抜き、自分の血を燕に飲ませる。


「許せ燕……これ以外に助かる道はない…」


燕は虚ろな目をゆっくりと夜叉に向ける。


「な………何を…して?」


夜叉はさっと燕に顔を近づけ囁く。


「少し休むと良くなる、案ずるな…儂は矢では死なぬ」


「すま……ぬ………体が…勝手に……う…」


「………よい、助かった。休め」


夜叉がゆっくりと立ち上がり軍の方を向く。

その瞳は漆黒に染まり、一筋の血の涙が流れ落ちる。


「貴様等の首……全ていただくぞ……」


夜叉が七夜刀を地面に突き刺さすと、

きーんと甲高い音が響きわたる。


辺りがどんどん暗くなっていく。


「なんだ!?何が起こっている!」


指揮官が叫ぶが、闇は炎の灯りさえも飲みこみ、

やがて何も見えなくなる。


「なぜだ!何も見えない!」


兵士の叫び声を聞きながら、

燕はゆっくりと夜叉の方を見る。

兵士達は手を振り回し右往左往しているが、

燕には全てが鮮明に見える。


夜叉は刀を抜き構える。


七夜怨恨の衆しちやえんこんのしゅう惨殺の闇みなごろしのやみ


夜叉がゆっくりと横に刀を振る。

その瞬間再び空気が歪む感覚とともに、

燕は目を見開きそれを凝視した。


振られた刀から、無数の人影が飛び出て来たのだ。

それらは首が無かったり腕がちぎれていたりと様々だが、全員が刀を握り兵士達の前に立つ。


時が止まる中、人影達が一斉に刀を構え首を斬り払う。


シャン


遅れて刀を振る音が聞こえてくると、

千人を超える軍の首が一斉に地面に転がり、

血飛沫で視界が真っ赤に染まる。


闇が去り燕がゆっくりと上体を起こす。


「黒羽……」


辺り一面に転がる死体

血の海に独り佇む夜叉の背中は

寂寥の想いが漂っているようだった











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