第11話 逆手

飛び散る鮮血。

目を見開き見つめる燕の視線の先にある剣は、夜叉の肩をかすめ止まっている。

かわりに夜叉の左手が交差するように、

しゅうの喉元に突き刺さり貫通していた。


夜叉は目を細め、片方の口角をあげ微笑する。


「ふふふふ。儂らが策にはまったと勘違いでもしたか?油断したのは貴様の方じゃぞ」


「す......素手だ...と......?」


鷲は口をぱくぱくさせながら夜叉を見おろす。


「ふふふ......ははははは!

儂の攻撃手段が刀だけだと誰が言った?

...人間ごとき素手でもれるわ!」


「く...そ.......」


鷲がゆっくりと剣を動かそうとする。

その瞬間、夜叉の左手が鷲の首を千切り飛ばす。


「ではさらばじゃ...悪しき人間よ」


頭を失った首からおびただしい血が吹き出る。

夜叉に降り注ぐ鮮血は、触れる前に蒸発して消えていく。


少しの間、時が止まったかのように周りが固まり、やがて兵士から悲鳴が上がる。


「し...将軍様が殺られた!!」


「ひ、ひぃぃいい!!」


夜叉は逃げようとする兵士の胸に手を突き刺す。


「参れ、七夜刀...」


夜叉が呟くと、飛ばされた刀と鞘が夜叉の手に吸い込まれるように戻ってくる。


「ふふ、恐怖が儂の餌になる。

......七夜怨恨の衆」


夜叉が刀をゆっくり抜くと、空を斬る。

空気がよどみ、時がゆっくりと流れる感覚。

辺りの兵士達の顔が次々に歪んでいく。


シャン


少し遅れて微かな刀を抜く音が聞こえてくる。

その瞬間、歪んだ顔の兵士達の首が一斉に地面に転げ落ちた。


「な......なにが...」


燕は呆気にとられ一部始終を見つめていた。

夜叉は燕と目が合うとゆっくりと瞼を閉じる。


「......隠れておる残りは三十二人じゃ。

さぁ燕よ...一人残らず皆殺しにせよ!」


夜叉の目が見開かれるのと同時に、

夜叉と燕は次の天幕へと駆け出した。



燕と夜叉は中央の天幕の中で、

机に置かれた地図と、一緒に置かれた書状を眺める。

残る三十二人の兵士達を全て斬殺し終えた燕と夜叉は、鷲の天幕に入り地図と書状を見つけた。


「見事反逆者と夜叉姫を討ち取ったあかつきには、功績を讃え丞相の地位を与える...か。

大臣め、ありもしない報酬を餌に鷲をたぶらかしたか」


燕が書状を見て呟くと、夜叉がそっと地図を指さす。


「これを見よ燕。

城壁の地図じゃろうが、所々に赤い印がついておる。

これがなんだかわかるか?」


「これは......いや、印の意味はまるでわからん。

何かの目印か...もしくは罠か何かの印か......」


「何か特別な物が置いてあるというのは?」


「いや、そこには何もなかったはずだが...」


「なるほどのう......」


夜叉は黙ると、細目で地図を見つめ続ける。


「何かひっかかるのか?」


「......印の位置、一定の感覚でつけられておるように思うた。

城壁の上から狙うとするならば、これなら全方位に目がいく。

もしかするとこれは伏兵の位置を示しておるやもしれぬ」


「なるほど、その通りだ...」


燕はあごを掻きながら地図を眺める。


「如何に致すか?」


「ふむ......少し考えよう」


「......」


夜叉は黙ると、近くの長椅子に横になる。


「どうした?」


「少し休め燕よ、お主の動悸が乱れておる。

......何をそんなに怖がっておるのじゃ」


「......お前が死んだと思った」


燕は天幕に据えられている寝床に、ゆっくりと横になる。


「......儂が死んだとて、さして痛くも痒くもなかろうが」


「そんなことはない......私はあの時確かにお前を...」


ふと急に気配を感じ隣を向くと、

そこには夜叉の顔がある。


「失いとうは無いと...そう思ったか?」


すぐ傍に横たわる鬼の顔が微かに微笑む。


「......勘違いするな、私の復讐のためにはお前の力が必要なだけだ」


「ふん、言うようになったもんじゃ」


「...もういい休むぞ」


燕は視線を逸らすように、

風に揺れる天幕の天井を見つめた。



















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