第10話 油断

陽が沈み夜も更ける。

森の中、平たい大岩に寝そべる異形の鬼。

月明かりに照されるそれを、つばめは少し離れた芝生に座り込み見つめる。


「......憎悪の化身が、こうも美しく映るとはな」


燕は小声で呟くと、仰向けに寝転び月を見つめる。


(父上...母上、何故私を置いて逝かれた)


ゆっくりと瞼を閉じる。


「何か申したか?」


燕は、はっと横を向くとそこには美しい異形の鬼が横になり、燕を見つめている。

その瞳に吸い込まれそうになり、

燕は思わず手を夜叉の顔に押し付ける。


「頼む見るな、熱でもあるのか様子がおかしい」


「む、手を退けんか。

......儂を美しいと思うのは鬼の血が濃くなっておるからじゃ。

昨夜のように我を忘れると鬼に成り果てるぞ」


夜叉は燕の手を退けると仰向けになる。

その姿を、燕は横目で見つめる。

月明かりに照される瞳の奥には、

憎しみに混ざり哀愁の色が漂っている気がした。

燕も視線を月に移すと、小声で話しかける。


「どうした?」


「......」


無言で月を見つめる夜叉が、

ゆっくりと上体を起こす。


「...時じゃ、血の池を作りに参ろうか」


夜叉の口元が微笑に変わる。

燕は怖じ気を感じつつ立ち上がると、

夜叉に手を差し出す。


「その狂気の表情かお......美とは程遠い」


夜叉は燕の手を取り立ち上がると、燕を睨む。


見紛みまごうな燕よ。儂は人を食らう鬼であるぞ」


夜叉は燕の手を離すと、ゆっくりと砦に向かい歩き出した。


燕と夜叉が砦の近くの茂みから天幕を見つめる。

砦の中は少しの灯りがあるだけで薄暗く、

物音も聞こえない。

食事が終わり眠りにつく頃だ。


「ふむ、皆眠りについているのかもしれん。

今ならあのしゅうも簡単に討てるはずだ」


如何いかに致すか?」


「まず天幕を狙い鷲を仕留め、その後は皆殺しにする。

一人とて生かしておくつもりはない」


「ふふふ...そうこなくてはの」


燕と夜叉は茂みから出ると、鉄柵を飛び越える。

周りの天幕の様子を伺いながら、鷲の天幕に近づいていく。


「静かだな、読み通り皆眠っておる」


「......」


険しい目付きの夜叉は無言で天幕を見つめる。

燕が鷲の天幕の入り口でしゃがみ覗き込もうとした瞬間、夜叉が燕の腕を思い切り引っ張り前に出る。


その刹那


ギャイーン


夜叉が抜いた七夜刀と、天幕を切り裂き出てきた剣が、甲高い音を鳴らし競り合う。


「ははははは!まさか受け止められるとはな!

何故気づかれたのかな?」


天幕を切り裂き姿を現したのは将軍の鷲。


「気配を消そうとも、儂には聞こえておるわ...貴様らの鼓動がの」


「ははははは!もうよいぞ、迎え討て!」


鷲が大声で叫ぶと、周りの天幕から武装した兵士が次々に出てくる。

夜叉は燕の耳元に顔を近づけると囁く。


「燕よ、小物を頼む」


「しかし黒羽...」


「こやつはお主には荷が重い...よいな?」


「......わかった」


燕は刀を抜くと、周りの兵に斬り込んでいく。

夜叉はさっと二歩下がると刀を構え直す。


「ははは!作戦会議は終わりか?

ではいくぞ、鬼と戦えるとは面白い!」


夜叉よりも頭一つ大きい鷲は、

剣を振り上げ迫る。

夜叉は初太刀をかわすと、次の斬り上げに刀を合わせる。


キーン


甲高い音が鳴り響く。

次々に迫りくる鷲の斬撃を、夜叉は刀で受け止める。

燕は迫りくる兵達の首を次々に跳ね飛ばしながら、ちらりと夜叉の方へ目をやる。


「どうした!鬼とはその程度か!

そろそろ首をいただくぞ!」


「......」


キーン、キーンと無言で夜叉が剣を受け止めていたその時だった。


ギャイーン


鷲の渾身の斬り払いが夜叉の刀を弾き飛ばした。


「勝機!さらばだ悪しき鬼よ!」


鷲の全力の突きが夜叉の喉元に迫る。


ブシュッ


鈍い音をたて、鮮血の血飛沫が飛び散る。


燕は目を見開き叫ぶ。


「く......黒羽!!」
















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