第6話 知者と愚者
燕と夜叉は薙には目もくれず立ち上がると
南に向かい走り始める。
しばらくして真横を走る夜叉が呟く。
「森に大勢の人間が入りこんだようだ...」
「もう来たか...村に急がねば。
いや...待てよ、これはもしや......」
燕は急に立ち止まり、虚空を見つめる。
夜叉も立ち止まると燕の顔を見る。
「...急に立ち止まるとはなんじゃ?」
「黒羽、森に入りこんだ者共はここに向かっておるのか?」
「ん?いや...ゆっくりと南下している塊と森を出て行く塊があるな。
それがなんじゃ?」
「これは大臣の仕業ではあるまいな...あやつなら血眼になり必ず私を追わせる。
知者め......もしこれが薙の策だとするならば...」
「あの小僧がお主を害する為にひと芝居打ったと?
ふむ、それなら確かに合点がいくのう」
夜叉は北の方を見つめる。
「そういう事か......このまま南に向かえば森の出口の川沿い辺りで伏兵に出くわしていたかもしれん。
よし、西に向かいまず川を渡る。
川向こうを様子を見ながら南下するのだ。
もし伏兵の気配あらば背後から奇襲できよう」
燕は夜叉の肩を掴むと顔を覗く。
「どうした?気になる事でもあるのか?」
「いいや......儂は長い間この森に縛られておった...ようやく森とお別れとなると少し寂しゅうなる」
燕は夜叉の頬にそっと手を触れさせる。
「お前を生かした森だ、心で感謝を告げばよい。
時間もない、さぁゆくぞ」
燕が手を下げ歩きだそうとした瞬間、
夜叉の手が燕の手を掴む。
「儂には心など......ありはしない。
お主の心に、儂とこの森の繋がりを刻んでおいてはくれぬか...」
「......。さぁゆくぞ」
燕はそれだけ告げると、夜叉の手を握り歩きだす。
夜叉は燕に手を引かれ、西の方へと進み始める。
薙は燕と夜叉が走り去るのを見届け、
東に森を出ると馬に跨がる。
「これで王子は川沿いから鹿橋の村を目指すはず。
そこで伏せてある私直属の兵士が鬼を始末できれば王子を救うことができるはずだ。
はぁ!」
薙は手綱を握ると、南に向かい馬を走らせる。
燕と夜叉が西に森を抜けると、川に着く。
この辺りの川幅はかなり広く、中央付近は水深も深いので歩いて渡るのは至難の業だ。
「黒羽、水は平気か?」
「平気であるが...よもやお主、儂に濡れろと申すのか?」
「仕方あるまい、平気ならゆくぞ」
「袖が濡れるのは嫌じゃ。
ちぃ......やむを得んか、儂の身体をしっかり抱け」
「なに?気を違えたか黒羽、私は人なるぞ。
鬼に欲情してなど...」
「気を違えておるのはお主の方じゃろうが。
この距離なら儂なら飛び越えられる。
振り落とされとうないならしっかり抱いておれ」
夜叉は少し冷たい眼差しで燕を見ると、
両手を広げ肩の高さまで上げる。
「ええいややこしい奴め、失礼するぞ」
燕は夜叉の腰に手を回ししっかり掴む。
「はっ!!」
夜叉が気合いと共に地を蹴ると、
ふわりと放物線を描き川を飛び越え始める。
燕は振り落とされそうになり、
夜叉の胸に顔を押しつけ力強くしがみつく。
「阿呆う!何をしてもよいとは言っておらんぞ!」
夜叉が無事に向こう岸に着地すると、
燕が振り落とされ転がる。
「つっ...。許せ黒羽、人間の私はあの高さから落ちると確実に死ぬ」
燕は起き上がり、南に向かい走り出す。
「急ぐぞ黒羽!」
「貴様儂の胸を貪っておいてそれだけか!」
「早くしろ!」
「......ええい!」
走り去る燕の後に夜叉も続く。
南にしばらく走り続けて行くと、
川向こうに小さな灯りがちらほら見えてくる。
「見よ黒羽、あの灯りを持っておるのは兵士達だ。
私のにらんだ通り待ち伏せしておったわ」
「それで?如何に致すか?」
燕と夜叉は伏兵とは川を挟んで反対の岸でひっそりと兵達を見つめる。
「知れた事よ、私を見くびったことを後悔させてやる」
「ふふふふ......そうこなくては、のう燕よ」
薙は馬を飛ばして南下し、
陣に加わると森の方へ注意を向ける。
(まだ来ていないな...王子はともかくあの夜叉姫が厄介だな)
「皆、そろそろ来る頃だ。
姿勢を低くし、まず鬼の足を狙うんだ」
薙が命を下すと、兵達が姿勢を低くし槍を前に構える。
薙は息をのみ森の出口を見つめる。
(もうそろそろか)
しばらくの静寂が過ぎるが、
森は静けさに包まれている。
(遅い......まさか...迂回して!)
「ぎゃぁぁあ!」
その瞬間一番後ろの方から兵達の断末魔の叫びが轟く。
燕は夜叉を背負ってゆっくりと川を渡る。
この辺りは川幅が狭く水深も浅い。
「のう燕よ、尻を掴み過ぎじゃぞ」
夜叉が燕の耳元で囁く。
「許せ、女を背負うなど今日が初めてなんだ...力加減がわからぬ。
それに袖が濡れると嫌がったのはお前だろう」
「初奴め、それでは儂は初めての女と言うわけじゃな」
「変な事を言うな。
岸に着いたら背後から奇襲をかける、よいな?」
「なんじゃつまらんのう。
わかっておる」
燕は岸に着くと夜叉を降ろし刀を抜く。
夜叉に手で合図をすると、
一番後ろの兵の首筋に刀を滑らせる。
「ぎゃぁぁあ!」
兵の断末魔の叫びを合図に、
燕は次々に兵達の首を跳ねていく。
「死にさらせ!国に仇なす悪魔どもが!」
奇襲の混乱で無防備の兵達を殺していく、
しかし中には束になり燕に襲いかかる兵達がいた。
「......儂がおる事を忘れてはおらぬか?」
夜叉が燕に襲いかかる兵達を背後から切り刻んでいく。
燕が少し離れた所に薙を見つけ、向こうも気づくと燕をみる。
「王子......まさか川を...!」
「さっきは千慮の一失などと馬鹿にしてくれおったな薙よ!
今回は愚者の一得である!何もかも貴様の思い通りにはならぬぞ!」
角を生やした燕が刀を振り回し、
辺りの兵達を皆殺しにすると薙と対峙する。
「参謀をお守りしろ!」
兵士が叫び、散らばった兵達が薙の前に集まる。
スッと夜叉が燕の背後に姿を表し、背を預け囁く。
「......さぁ燕よ、皆殺しにせよ。
かつてお主の側におりながらお主に兵を向けた裏切り者を八つ裂きにする時がきたのじゃ...」
燕はゆっくり目を閉じ深呼吸をして、
再び瞼を持ち上げる。
「よく聞け!私が鷹の国に貴様らの血で雨を降らせてやる!」
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