第5話 千慮の一失 

薙は必死に森を走り続ける。

歯を食い縛り、涙を流すまいと堪えながら。


「燕王様......誰よりも民に忠実であった貴方が何ゆえあのようなお姿に...。

きっと私を逃がしたは錯乱の計......上手く働けば燕王様が...これ以上無駄な血は流させはしない!」


森を抜け鷹の国の城門に着くと、門番が薙を引き留める。


「討伐はいかがいたしましたか」


「控えよ、急ぎ大臣に会わねばならない」


「......お行きください」


薙は城門をくぐると、王城に向かいまっしぐらに走り始める。

途中、民達が薙に視線を向けるが気にせず突っ切る。

薙が王城に着くと、門の前で迎える大臣の目前で立ち止まる。

膝をつき、頭を垂れる。


「大臣殿、急ぎ報告せねばならぬゆえ使者をたてず直接参りましたことお許し願います」


「よいよい、じれったいな早く反逆者の首を見せよ」


小太りの腹を掻きながら大臣はニヤリと薙を見下ろす。


「それが......隊は全滅...全員首を断たれましてございます」


「なんだと!あの者達が死んだと言うのか!

それでお前はなぜのこのこ逃げ帰ってきたのだ!」


「かの森に......古より伝わる夜叉姫が...。

燕王子に力添えをしてこちらに攻めて参りましょう...」


「夜叉神だと!?鬼神が......わしらを滅ぼしに来ると言ったのか...」


大臣は顔を真っ青にすると目を泳がせる。

薙は顔を少し上げ大臣の顔を見る。

(ここまでは王子の狙い...しかしこのままでは燕王が国の人間を皆殺しという最悪の歴史が残る。

それだけは阻止せねば...)


「ど、どうすれば...お前!何か策はないのか!」


「一つだけ......私めに考えがございます」



燕は枯れ草を集め、石を打って火をおこす。

倒木に腰を据えると夜叉を見る。


「座らぬか?人間という生き物は動けば休まねばならんのでな」


「ふふふ、その小さな倒木にか?

......傍でよいなら」


「構わん」


「......」


夜叉は無言で燕の傍に座る。

倒木が小さく、夜叉の肩が燕の肩に触れる。

夜叉は足下に転がる千切れた足を掴み上げ眺める。


「この足は美味そうじゃ...」


燕は横目で夜叉を見つめると、

再び炎を見る。


「...よい。遠慮は要らぬ、食え」


「......よいのか?それを見てみぬふりをすれば人ではないのも同然なるぞ」


「腹は決めたんだ、これから行動を共にしようというのに飯を食う姿を見れんでどうする。

事は単純......それはお前にとってただの飯...」


「ふん、意気がるな若僧。

しかしまぁ...そういう事なら遠慮はせぬ」


夜叉は足にかじりつき、ばきばきと音をたてながら足を食らい始める。

燕は心に槍が刺さるような痛みを堪えながら、

無言で炎を見つめ続ける。

しばらくすると、夜叉は食事を終える。


「ふぅ、美味じゃったわ。

それより燕よ、お主そのような深紅の衣を着ておったかの?」


「これはこやつらの血よ...私の白装束は鷹の王にのみ着る事が許される物.....。

今の私にはこの穢れた深紅の姿がお似合いであろう」


「案ずるな、お主のその血塗られた姿儂には鮮美に映っておる。のう?燕よ」


「それはまこと滑稽な話であるな...」


燕は鼻を鳴らし夜叉の顔を見る。

間近で見る夜叉の顔は美しく、

澄んだ赤い瞳に吸い込まれそうになる。

夜叉も燕の瞳を見つめ、すっと目を細める。


「......懲りん小僧じゃな」


「何の事だ?」


不意にガサガサと音がすると、

近くの木々の間から薙が姿を現す。


「燕王子...そのような輩と寄り添うなど......。

お聞きなされませ、王子の言葉に大臣は怒り狂い軍を差し向けました。

総勢一万の大軍が王子を炙り出すべく森を焼き払いに参りましょう」


燕は薙の方を向くと、目を見開く。


「なんと...あの臆病者がそんなことを?」


薙は悲しげな表情になる。


「千慮の一失です、お逃げくだされ王子。

一万の軍を相手となれば鬼とて無事では済みますまい」


夜叉は七夜刀を手に取り、燕の膝にそっと手を置く。


「うふふ、儂は如何様でもよいぞ燕よ」


燕は炎をしばらく見つめると、ゆっくりと告げる。


「......退くぞ黒羽、私もお前もここで死ぬわけにはいかん」







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