第4話 追手

焚き火の前に座り、獅子の肉を食らう燕の姿を夜叉は眺める。

その哀愁漂う背中を見つめ、どこか自分と通じるものを感じて声をかける。


「......何がお主をそこまで堕としたのじゃ」


燕は動きを止めると、小さな声で返す。


「......知れたことよ、人の悪意に陥れられただけだ。

...たまたま私が王族だっただけの事で」


燕は獅子の肉を食らい終えると、骨を炎の中に放り込む。

夜叉は北の方に顔を向け、静かに口を開く。


「何か森に入り込んだな...」


「そっちの方は私が来た方角だな、大臣め民に私の首でも晒したいのであろうな」


「よい余興じゃないか......試し斬りにはもってこいよ...のう燕よ」


森の中に入った男達は暗闇の中、

松明を掲げ僅かな灯りを頼りに前に進む。

精鋭兵士が十人ほど選ばれ、

王子捕縛の命を受け森に足を運んだ。

隊の指揮をとるのはかつて燕の側近であった、薙という男。

歳は燕の二つ上で、少年のように小柄な薙は参謀として燕を支えた。


「みんな気をつけて、何か異様な気配がする」


先頭を歩く薙が兵士達に声をかける。


「恐れることはありますまい参謀殿。

われらは鷹の国きっての強者揃い、よほどの相手でない限り武で負ける事はないでしょう。はははは」


最後尾を歩く副将が笑い、兵士達もクスクスと声を出す。


「まぁ...参謀どののように華奢ですとそういう結果もあるかもしれませぬがな...」


副将の大男がそう言うと、兵士達の笑い声が強まる。

薙は歯を食い縛り堪える。


「そうだな......何もなければそれでいい。

とにかく用心するんだ...」


「あああぁぁぁあ!!!」


「どうした!?」


突然兵士の一人の悲鳴が森をこだまする。

薙は振り返り辺りを見回す。

薄暗い中兵士の数を数えていく、八人...九人......!


「一人......足りない...」


「うあぁぁぁあ!!」


また兵士の悲鳴が響く。


「おい!!どうしたお前たち!

くそ、ここに集まれ!」


副将が駆け足で追いついてくる。


「ぎゃあぁぁぁ!」


次々に悲鳴が聞こえてくる。

ようやく兵達が集まる頃には、

その人数は七人まで減っている。


「くそ...なんなんだ、猛獣か何か居るのか...?」


薙が呟くと副将が怯えた表情で返す。


「この森に猛獣など聞いたことがない...もしや王子が......」


その瞬間副将の後ろにいる兵士の背後に、

一瞬灯りが反射した事に気づく。


「今のはなんだ......」


ザッ


微かな足音と共に、兵士の背後に見覚えのある姿を見つける。


「死にさらせ...人の皮を被った悪魔ども...」


燕は兵士の背後に静かに近づくと、

刀を首にめがけ滑らせる。

一瞬で首を断ち、またすぐに距離を取る。

夜叉が燕の真後ろにつくと静かに囁く。


「儂が反対から三人を殺ろう...残りの三人はお主にくれてやる」


「...好きにせよ」


燕が返事をすると、夜叉はニヤリと笑い暗闇に消える。


「今のは!燕王子!出てきてください王子!」


不意に知った声を聞き、燕は暗闇の中から様子を伺う。


「その声は薙か...何しにここへ参った。

大臣にでもそそのかされたか?」


「やはり燕王子、出てきてくだされば必ずや私が王子の潔白を証明して見せまする!必ずや!」


薙が叫ぶと、副将の大男が顔を赤くして胸ぐらに掴みかかる。


「貴様大臣を裏切るつもりか!謀反者はここで始末してやる!」


副将が薙の首を掴もうとした瞬間、横から何かが一瞬煌めく。


「ふふふ......目障りな虫は存在そのものが罪じゃ、儂が殺してやろう...のう?人間どもよ」


暗闇から現れたのは漆黒の袖を纏う女。

その女の手に握られているものは刀。

その瞬間、副将の首から肩にかけてずるずるとズレ始め、やがて地面に落ちるとおびただしい血飛沫を撒き散らす。


「はぁああ!」


夜叉が凄まじい咆哮を発すると、

飛び散る血飛沫が一瞬で蒸発して消える。


「儂の袖を汚す事は許さんぞ......ふふふ」


夜叉は微笑みながら薙を見る。

薙は副将の頭が地に落ちるのをぼんやりと眺め、やがて漆黒の女に目を向ける。

美しい袖を纏う美女、その顔の額に一本の角を見つけ戦慄する。


「お......お前はまさか悪鬼...なのか」


「ぐあぁぁあ」


薙のすぐ後ろで悲鳴が聞こえ、さっと振り返る。

そこに立っているのは真紅の装束を纏う男。


「久しいな薙......あとはお前だけだ、死にさらせ悪魔の化身め」


「お、お待ちください燕王子!

私がいつ我が君を裏切りましたか?

私と共に鷹の国にお戻りなされ、大臣めの悪事を共に暴き民の誤解を解くのです!」


薙は叫びながら足下を見渡す。

手足や首が転がっているのを見つめ、

薙は心で呟く。

(いけない...憎しみにかられこのような事を...)


「耳を貸すな燕よ......お主をたぶらかした挙げ句切って捨てた人間の仲間ぞ」


「何を言うか悪鬼の分際で!」


薙が振り返り夜叉を睨むと、

夜叉が刀を構えじりじりと距離を詰める。


「笑止!!

悪鬼の分際じゃと......貴様のような小僧が知った風な口を利くな!

貴様には死んでもわからぬ、儂の事も燕の事もな。

さぁ...もう飽いた、終わりにしようぞ...のう人間よ」


夜叉が刀を振りかぶる瞬間、燕が声を出す。


「待て黒羽よ。

薙よ...王城に戻り大臣に告げよ。

私は鬼に心を売り、お前達の四肢を斬り刻みに参るとな...最後に貴様も私が殺してやる」


夜叉が動きを止め成り行きを見守る。


「くっ...!後悔なさいますな...燕王子」


薙は一筋の涙を流し、森を北に走っていく。

夜叉は刀を下げ、燕の隣に寄る。


「なにゆえ帰した?情でもうつったか腑抜けが」


「いや...利用するだけだ、あやつに大臣を動揺させ国を乱す策よ。

愚かな大臣だ、鬼が敵とあらば逃げる算段をするに違いない......浮き足立った時を狙い国を滅ぼす。

しかし、すまぬ。せっかくの袖を汚させたな」


「いや...血一つつけてはおらぬ。

この袖は汚さぬよ。人間から物を貰ったのは初めてでのう、礼を言わねばな...のう?燕よ」


夜叉は燕の真っ直ぐな瞳の奥を見つめながら、ゆっくりと七夜刀を鞘に納める。







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