第3話 黒羽色

森を抜け、川沿いを南に一時間ほど歩く。

やがて川沿いにある鹿橋の村の灯りが見えてくる。


「鹿橋の村か....久しいな、私の事に気づいていなければよいが...」


燕は鹿橋の村に入ると、中央付近に集まる商いの広場へと向かう。

肉や果実といった食べ物や、刀や鎧兜といった武器防具を扱う店などで賑わっている。

燕は辺りを見回し、やがて一軒の店に真っ直ぐ向かう。

店の前に立ち、並べられている商品を眺める。

その店には、色とりどりの様々な着物が並んでいる。

しばらく経つと、店の奥から店主の女が姿を現す。


「いらっしゃい...珍しいね、こんな高い店にお客が来てくれるなんて......あなたは...」


店主が燕の顔を見ながら椅子に腰をかける。


「よい着物を扱っておられるな、そこの黒いのを見せてはくれぬか」


「あ!あなたは燕王子じゃないですか?

ずいぶん逞しくなられたもので...気がつかず申し訳ありません」


燕は店主の女の顔を見る。

(どうやらここまではまだ広まっておらんな)


「よい...この村には幼少の頃は世話になった。

それより、そこの黒いのを頼む」


「さすが、お目が高うございます。

この店最高級の召し物にございます、ですが...これは礼服にございますよ?

どなたかお亡くなりになられましたか...」


「あやつにはもってこいよ...」


「はい?......何と?」


「いや...何でもない。

それを戴きたい、これで足りるか?」


燕は腰の巾着から金貨を一枚出すと、

店の台の上に置く。


「なんと!?こんな大金いただけません。

からかわれますな燕王子、銀貨20枚で充分にございます」


「よい...世話になった礼だ遠慮はするな」


「......わかりました。ではお待ちください」


店主は金貨を受け取り椅子から立ち上がると、

黒い着物を綺麗に箱に包み大きな紙袋に入れる。

紙袋を持つと、店から出てきて燕の前に立つ。


「黒羽色の袖にございます。いつに着ても恥ずかしゅうない代物でございます」


店主の女から紙袋を受け取る。


「黒羽色......か。

世話になった、繁盛を祈る。では」


燕は店を後にして、来た道を戻り始める。


川沿いを北に進み、森の中に入る。

しばらく歩くと炎の灯りが見えてくる。

燕は夜叉の後ろに立つと、紙袋を背に当てる。


「これを着よ、お前に相応しい代物だ」


夜叉が刀を置き、ゆっくり立ち上がりふり返る。


「どれ...お主の趣味を見物しようとするかの」


夜叉は紙袋を受け取り箱を取り出すと、

蓋を開けて着物を取り出す。


「ほう......これは意外や美しい...気に入ったぞ」


「礼服だ、人が死ぬと着る。

お前に相応しいであろう...着付けてやる、後ろを向け」


夜叉が後ろを向くと、燕が着付けをする。

夜叉が再びふり返る。


「美しいが......なんとも動きにくい」


「黒羽色と言った色だそうだ......人の前に出るときは、お前の名を黒羽と呼ぼう。

夜叉と呼ぶと皆が畏れる」


「そうじゃのう...黒羽か......よいじゃろう、

儂の人の名を黒羽...よい名じゃ」


燕は夜叉の隣を通ると炎の前に座り、

焼け焦げた獅子の肉を食らう。


「気に入ったのならよい、私は少し休むぞ」


夜叉は美しい着物を纏う自分を見回すと、

燕の背中を見て呟く。


「粋な真似をしおって...のう?燕よ」


夜叉が夜空を見上げると、黒羽の袖の如く美しい星空が輝いていた。







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