第2話 七夜刀

心地よい熱が皮膚を刺激し、燕はゆっくりと瞼を持ち上げる。

目の前で燃え盛る火が、じゅうと音をたてながら獅子の肉を焦がしていく。

その近くに座る異形の者が、鞘に納まった刀をこつこつと肩に当てる。


「お前......角はどうした?何故一本消えている」


異形の者は燃え盛る火を見つめながら、穏やかな口調で返す。


「儂の名は夜叉と......それと、角は一本お主にくれてやった。

その手元にある刀を抜いてみい」


燕は地面についている左手の方を見ると、夜叉が持つ刀と同じ刀が転がっていることに気づく。


「これは......木に刺さっていた刀か」


「そうじゃ、よいから抜いてみい」


燕は刀をゆっくりと抜く。

刀身が銀色に煌めき、美しい。

急に心臓の鼓動が速くなると、額に痛みが走る。


「ぐっ!......なんだ、これは!」


燕が自分の額に生える角に触れると、目を見開く。


「私は......どうなってしまったんだ...」


「...心配するな、契りを断てば人に戻ろうぞ。

儂の刀を持っておる間はお主は半鬼となる。

半鬼となったお主の身体の動きは人間のそれを凌駕する。

じゃが...ゆめゆめ忘れるな、お主は所詮人間の肉体。

無理を通せば自滅の途を辿ることを...」


「確かに体が軽い......それに力も...」


燕はしばらく刀身を見つめたあと、ゆっくりと鞘に納める。

再び額に痛みが走り、角がすぅっと元に戻っていく。


「納めると角も力も消えゆくのか...」


「...気に入ったか?儂も刀を抜いていない時は角を隠せる。

このようにな」


夜叉はちらりと燕を見る。

その額の角はみるみる短くなっていき、やがて額から角が消える。


「......夜叉よ、お前着る物はもっておらんのか」


「鬼が衣を纏ってなんとする...血にまみれるだけであろう」


「その人のようななりで裸では人前に出る事はできん。

私が鹿橋の村で着る物を調達してくる」


「まぁ待て、先に言っておかねばならん事だが...儂がお主の傍に居ぬ時は刀を抜くな。

抜けば刀は人間を狩り、血の地獄となろう。

お主がそれに怖じ気づけば、心は憎しみにのみ込まれ......ただの悪鬼と成り果てるじゃろう」


「...心しておこう。して、この刀の銘はなんと言う?」


「七夜刀...儂が七夜不眠で人間どもを惨殺し、憎悪の極みを植え付けた」


「まさに......鬼の所業であるな...」


燕は獅子の肉から足を千切り立ち上がると、かじりつきながら歩き始める。

夜叉は燃え盛る炎を見つめながら、一人呟く。


「人間ごときが儂の契りに堪えるとはの......死ねばその身を食らいつくしてやったものを...。

これでようやっと......悲願を成せるか」


夜叉の瞳は炎を写し

まるで血に染まる世界を見ているかのように赤く輝いている








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