第1話 鬼神夜叉
心地よい熱が皮膚を刺激する。
男は暗い闇から赤い光を追い、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
目の前に赤い炎が見え、肉が刺さった木の棒が立てられている。
男は炎の前に佇む異形の者に問いかける。
「なぜ私を食わん。お前の飯はそれではないだろう」
異形の者はゆっくりとこちらを見ると、
穏やかな口調で答える。
「これはお主の飯だ、肉は好かんかね?人間よ」
「そんな事を聞いたつもりはないんだがな」
男は無言になり、燃え盛る炎を見つめる。
しばしの沈黙を破り、異形の者は男に問いかける。
「名を...聞いておこうかの」
「...私は燕、お前の名は百も承知だ。
鬼神、夜叉よ」
「獅子の肉だ、食え」
「何の真似だ、さっさと私を食らわんか。
目の前に餌が転がっているのにお前は一体何をしている」
燕が鋭い目付きで夜叉を睨む。
夜叉は燕の瞳を見つめ答える。
「憎しみに満ち溢れたその眼...お主が憎むは人間だろう......お主の望みを言え。
人間を...八つ裂きにしてやると......のう、人間よ」
燕は夜叉と見つめ合い、沈黙の後口を開く。
「ただ人間を殺したいのではない、
私は私の正義を貫き報復するまでよ」
「ふはははは!......復讐を正義と称するか!
......真に面白い人間だ、だが......殺めた者は正義も悪も等しくただの人殺しと成り果てる。
お主の信ずるものが何なのかなぞ他人にしてみればどうでもいいこと......それを承知で修羅を選ぶと?」
夜叉はすっと目を細め燕を睨み付ける。
燕はいっそう目付きを鋭くさせると、
夜叉を睨み返す。
「お前に何がわかる...私はそれでもやらねばならない。
悪が正義を食い物にしているなど...私は死んでも許さぬ!」
「ふはははは!笑止だな人間!
......貧弱なお主一人が何を喚きたてようが世には何も影響せぬ。
......ついてこい人間、面白い物を見せてやる」
夜叉はゆっくりと森の奥へと歩き出す。
燕は立ち上がると、闇に消え行く夜叉を追う。
足下もよく見えない真っ暗な森を、夜叉の背中を追いひたすら歩き続ける。
やがて周りに木々が生えていない、真ん中に大きな木が一本立っている場所に出る。
「見よ、この孤立した大樹を......まるでお主のようだとは思わんか。
その大きさ故に周りから疎まれ孤立しておる様が......。
あの刀を抜け......儂がお主に力を貸してやる」
燕はゆっくりと大樹に近づくと刀の柄を握る。
目を閉じしばらく沈黙すると、やがて呟く。
「大樹はお前でもある...忌々しい化け物め、私を同じ化け物だと言いたいのか」
「戯れ言を......お主をこの森に追いやった人間どもは、お主から見て何だったか...
天使であったか?神であったか?人であったか?」
「奴らは......」
「そう、そやつらはお主の目には化け物に見えたはずだ。
その刀を抜け、そうすれば儂はこの森から出られる。
お主に力を貸してやろうぞ」
燕はゆっくり目を閉じる。
「奴らは...化け物。
私の人生を振り回し食い物に......」
夜叉は穏やかな口調で話しかける。
「そうであろう、さぁ刀を抜け...お主と儂で化け物どもを皆殺しにしてやる」
燕は目を見開くと、思いきり刀を抜く。
「おのれぇぇぇ!」
ジャキーンと音がなった瞬間、
燕の背後から夜叉が首に噛み付く。
燕がふらつき膝をつく。
「ふふふ...ふはははは!
契りは成った...もはやお主も儂と同じ化け物よ...のう?燕よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます