第11話

―――それからというもの毎日のように異世界人は現れた。

そのつどオレは命を狙われ綾瀬川に助けられるという情けないことが続いた。

季節は本格的に夏になり、真夏にまであと一ヶ月を切った。

七月の初めの風は絡みつくような暑さが感じられ、不快感がきわまりない。

そんな中でオレは異世界人に追いかけられ、汗だくになるのは嫌だった。

「くそ、なんだって狙われるのはオレなんだ?」

「太一君がとろいからじゃないかしら?」

「いや、とろくたってさすがにこんなに頻繁に狙わないだろ。それに向こうさんの狙いは綾瀬川、オマエだろ」

「どうかしらね。別に狙われたところでどうもこうもないわよ。負けないし」

「絶対的な自信だな」

放課後、オレと綾瀬川は屋上で喋っていた。

今日はどうやら異世界人の襲撃はないらしく、なんという平和な日なんだと実感する。

「でも異世界人の襲撃の仕方はなんだか変なのよね」

「どういうことだよ?」

「ちゃんと説明できるわけではないけど、向こうは本気でやっている気がしないのよ」

「でも何人も送り込んできてるぞ。損害が大きすぎじゃないか?」

「そこが狙いなのかもしれないわよ」

綾瀬川は無表情のまま言った。

「ダグラのことだから何か裏がありそうだけど気にしすぎてもしょうがないわね」

「ただオレのことを標的にはしてほしくない」

「いいんじゃない。気が引き締まって」

「馬鹿いうなよ」

綾瀬川は口元を緩め、微笑む。夏の夕方は明るく、まだ日中かと思うくらいの明るさだ。

放課後の屋上には誰も残っている生徒はおらず、綾瀬川とオレの二人だけだった。

まぁ、この二人っきりというのがなんだか青春ぽくていいなと思うんだが、そんなことを口にしたら殺されかねない。

「そろそろ時間だから行くわね」

「今日は帰るの早いんだな」

「そうかしら?」

「まぁ、いつもよりは。任務か?」

「私用よ」

綾瀬川は鞄を持ち出口へ向かう。

「じゃあ、先に失礼するわね」

「おう、じゃあな」

綾瀬川はそのまま出口に吸い込まれるように消えていった。

ぽつんと取り残されたオレはそのまま地面にねっころがる。

しかし、最近の綾瀬川は少しだが以前より笑うようになったと思う。

クラスの人間ともまともに会話するようになりつつある。

何か彼女の中で変化があったのだろうか?

そういうことはオレが気にする必要はないのだが、なんだか気になってしまうのが痛いところなんだよな。

でもやっぽり、笑ったときのあいつの顔は可愛いと思う。もっとたくさん笑うようになればあいつはもっと変わるかもしれない。

その役目は回ってこないだろう。オレはアイツに何も影響を与えてもいないし、あいつも何か影響を受けたわけでもないわけであって、上手くはいえないがオレはその役回りではないと自覚している。

アイツはクラスメイトであって、どこかの組織の人間。

オレはアイツの任務とやらに巻きこまれてであっただけでそれ以上それ以下の関係でもないのだろう。

確かに持田や、白石にも会えてどたばたした毎日だが違うのだ。

そう何かが。考えれば考えるほどよくわからないな。

「どうしたものか?」

「ずいぶんとお悩みですね」

「あぁ、悩んでるよ」

何処からか声がしてそれに答える。

しかし、よく考えてみればここにはオレしかいない。

誰だ…?

オレはすばやく立ち上がり、あたりを見回す。

「ここですよ、ここ」

声の主はは屋上のフェンスの向こう側、何もない空中に立っていた。

「お久しぶりですね。末原さん」

「ダグラ……」

周りの雰囲気が緊張した感じに変わる。

「そんなに警戒しないでください。今日は貴方と話しをしようと来ただけですから」

「オレはしたくないんだがな」

「そう冷たいこと言わないでくださいよ」

ダグラは一歩一歩、こちらに近づいてくる。空中を浮いているため、なんだか不思議な光景だがオレは何度も超能力者の意味のわからない能力を目の当たりにしてきた為、驚かない。

「別に冷たくしているわけじゃなんだが」

今日はどうやら一人みたいだな。

「残念ですが、一人ではありません。この空中を浮く能力もまた能力者の力です」

心を読んだダグラは言った。

「そうなのか。とにかく帰ってくれないか。オレは帰りたいんだ」

「そうは行きません。綾瀬川さんのことですから」

またその話かよとオレは思った。

どんどん、ダグラはこちらに近づいてくる。オレは少しづづダグラにわからないように出口の方へと足を移動させていく。多分、心は読めても思考は見えないだろう」

「私は言ったはずです。彼女には利用価値があるとそして貴方にも」

ダグラは出口に近いところへと歩いていく。

もしかしてばれていたか?

「しかし、貴方が綾瀬川のぞみとここまで仲良くなっているとは想定外でした。けれど私たちにとっては好都合です」

ダグラは不敵な笑みを浮かべる。

「だから何だっていうんだ? オレは関係ないし、綾瀬川のことをお前らにとやかく言われる必要性はない」

「関係あるんですよ」

ダグラは屋上のフェンスを超えそのまま屋上に足を下ろした。

「貴方は彼女と一緒にいて何かに気づきませんか?」

「別に何もありはしないだろう」

「そんなことはないはずです。言ったでしょう。私は人の心を読めると」

ダグラはふうっと息を吐くと片手を体にまわし、もう片方の手でこめかみの辺りを押さえる。

「貴方は彼女を見ているたびに思った。誰かに似ている気がすると」

「アイツみたいなのにはあったことはないんだが」

「これはごめんなさい。似ているというのは顔ではありませんでしたね。彼女がときどき見せる表情、雰囲気。それらが貴方の心に残っている人物にそっくりといったところでしょうか」

ダグラはマジックに成功したマジシャンのように満面の作り笑いをしていた。

「なんのことだかさっぱりわからねぇな」

なんだかわからないが胸の鼓動が早く感じる。

「しらをきるのは無理ですよ。ふと貴方はその人物と照らし合わせた。その人物は……」

止めろ、言うな。

その名前を口にするんじゃない。

もう忘れかけてるはずなんだ。

もう過去のことなんだ。

「竹中誠。あなたは彼を覚えている。今でも忘れられないんでしょう。彼の死が」

オレは思わず叫び出したかった。胸の内の焦燥。それをまるごと吐き出したかった。

「三年前、竹中誠という人物は貴方と友人の関係にあった。しかし、彼はなにも貴方に告げることなく自殺した。つらかったでしょう。私も友人が死ぬのは嫌です」

ダグラはわざとらしく悲しそうな表情をする。

なんとか殴ってやりたいという感情を抑える。

「わざわざ、解説どうも。別にもう過去のことだから関係ない」

ダグラはオレの言葉を無視しつづける。

「貴方は綾瀬川を見ているうちに思った。彼がよくあなたに見せていた表情に似ているなと。いつか彼女も笑わなくなり、彼と同じ道をたどるのではないかと。彼女が感じていることをなんとなく貴方は察した。それが彼が感じていたことと同じことだと。違いますか?」

「アンタ、探偵っていうのにでもなったほうがいいんじゃないか。オレの気持ちどうのこうのをさておいて、それがあんたらの目的にどう関係する?」

「綾瀬川のぞみは最後の切り札ですよ。その切り札を利用すためには鍵が必要ですから」

「鍵?」

「そう鍵ですよ。しかし、その鍵を用意するのも大変です。ですからこうして貴方に協力してもらっているわけですが」

ダグラはクククと低い声で笑った。

本当に何を言っているのかわからない。

とにかくオレはぶっ飛ばしてやりたい気持ちでいっぱいだ。

「おおっと殴られるのはさすがに私も嫌ですから。まぁ、私の言っていることは近々、理解できると思いますよ」

「理解したいとはおもわねぇよ」

「本当に冷たい方だ。しかし、貴方は自分が危機の中にいるのを感じていないんでしょうね」

「はぁ?」

「いえ、こちらの一人ごとです。それでは時間になりましたので失礼させていただきます」

「勝手に喋って帰るのかよ?」

「お厳しい言葉ですね。あぁ、それと最後に一言。綾瀬川のぞみにお伝えください。『すぐに迎えに行くぞと』」

ダグラの体はだんだんと透明になりそのまま風景の一部の中に消えた。

そしてオレは一人、屋上に取り残された。

「本当にあいつらは一体何なんだ?」

そのまま、その場を動くことができずにただ立ち尽くすだけだった。


それにしたってなんで奴らは綾瀬川に執着するのだろう?

別に綾瀬川じゃなくても能力を持った奴はいるのだろうし、綾瀬川の能力だって絶対無敵なものではないはず。

それなのになんで綾瀬川を付回すのだろうか?

綾瀬川が最後の切り札とか言っていたな。でもその鍵をどうのこうのとダグラは口にしていた。どうも思考が追いつかない。

ダグラと会話をしてから三日が過ぎ、休日にも関わらずオレは自分の部屋でゴロゴロとしていた。ずっと綾瀬川のことやダグラ、持田たち、組織のことをあれやこれやと考えていた。そのせいか時間は昼の十二時を回っていた。気分が優れないからとりあえず外に出ることにし、家を出た。

外にでるといっても用のある場所やいく当てなどなくただ、ぶらぶらとするだけ。

自分の家の近くには住宅しかないためオレは街へと繰り出した。

とりあえず駅に近いショッピングモールへと足を運ぶ。

こうもやもやした気分はどうも晴れることはない。

あの時もそうだった。

あの日、竹中が死んだと聞いて驚いた。昨日まで普通に会話していつものように笑っていたのに。悲しみよりも先に浮かんだその考えが浮かんだ。

葬式に行ったとき、彼の親族が泣いていたのを今でも覚えている。

いや、親族だけじゃない。クラスの何人かの女子も泣いていた。

あの場所にたったとき、オレは泣かなかった。というより泣けなった。一番、彼と接していたはずなのに。

どうしてか心がとても落ち着いていた。自分でもそれがよくわからなかった。

彼が自殺したと聞いたが納得できなかった。彼が自殺したことに対してではなく彼のその自殺する理由だった。

竹中の口からそういった類の話を聞いたことはなかったからだ。

というよりも、彼は仕草でそういうのを示していたのだろう。オレが気づかないフリをしていただけなのかも知れないと。

いろんなことを考えていたのを覚えている。

だから今、オレがいるこの状況にあれやこれやと悩んだところで意味がない。

気分を紛らわすために外に出たのにまだ考えてしまうようだ。

一時間ほどショッピングモールを散策する。

ゲームセンターの近くを通るとラブラブしているカップルや縫いぐるみを見て欲しいと親にねだっている子供などが目についた。

何でもない光景だがその中に見覚えのある顔がいた。

綾瀬川がゲームセンターの中で立っていた。

何をしてるのかとふと気になり、少し観察してみる。

どうやら彼女は一人で何かに見入っているらしかった。

彼女の視線を追うとの先にはクレーンゲームの景品として大量につまれたデフォルメされたキャラクターのキーホルダーがあった。

綾瀬川はそれをとろうとせずただ食い入るように見ているだけ。

ただその目の輝きがいつもの目の色ではないのに気がついた。

なんというか冷たい氷がとけて生ぬるいお湯になった感じとでもいえばいいのか?

とにかく彼女の目つきが普段とは百八十度違うものになっていた。

いつの間にかオレはその方向に歩きだしていた。

なんだか話かけようと思った。人と何かを話しをしていれば多分、気も紛れるだろうと考えたからだろう。

まだクレーンゲームを食い入るように見ている綾瀬川に声をかける。

「よう、何やってるんだ?」

「ひゃあ!」

綾瀬川は一瞬、びっくっと反応しかわいらしい声を上げた。

「ま、末原君!」

振り向いた彼女の顔は驚きの表情をしていて、いつも澄ましていてクールな表情をしている彼女からは予想できない表情だった。

オレの顔を数秒、睨むと彼女はいつもの澄まし顔に戻った。

「いきなり話かけるなんて反則じゃない」

「話かけるのに反則もクソもないと思うんだが」

いつもの彼女なら言いそうにないことを言うみたいだ。

「で綾瀬川は一体、何をしているんだ? しかもゲームセンターで?」

「別に何もしていないわよ。ただその……」

人に素直な感情や表情を見せない彼女にとってプライベートなことを見られるのは嫌なのだろう。

けれど目線がクレーンゲームのデフォルメされたキャラクターのキーホルダーにいっている。

本当は欲しいのだろう。

「そこのデフォルメされたキャラクターのキーホルダーが欲しいんだろ?」

「なっ?」

綾瀬川は驚いた表情をすると少し顔を赤くさせた。

「だって数分前から見てたがずっとクレーンゲームを見てただろ。そこから一歩も動かずに」

「だ、だからって私が欲しいとは限らないでしょう!?」

そう言い返してくるとオレから顔を背けるようにしてそっぽ向いた。

綾瀬川はいつものクールさでまとった壁が見当たらない。

「顔が赤いぞ」

「~~~~~~~!」

彼女はいつもの澄まし顔に戻ろうとしているが破顔する寸前だった。

「べ、別にいいじゃない! 悪いことをしているわけじゃないんだから!」

「悪いとは一言も言ってないんだが…。このキーホルダー欲しいのか?」

オレはクレーンゲーム機の台に指をさす。

「……。や、やり方がわからない…」

周りの雑音にかき消されそうになるが聞き取れた。

クレーンゲームのやり方がわからない?

綾瀬川が嘘ついているのかと思った。

「本当かよ?」

「な、何、悪い? 一回もやったことないんだからしょうがないでしょう!」

クレーンゲームをした経験がないことに対して怒られたのは初めてだ。

でも普通にやり方の説明が書いてあるはずだが?

「わかったよ! 馬鹿にしたように言ったオレが悪かった」

綾瀬川はいつもより少し取り乱しているように見えた。

彼女は顔を背けているが何度かクレーンゲームをちらちらと盗み見ている。

やっぱり本心は欲しいのだろう。

オレは財布に手をかけ、硬貨を一、二枚とりだす。

「綾瀬川、そこで待ってろ」

「え……?」

クレーンゲームの硬貨投入口に硬貨を一枚、入れる。

シャランと機械音がし、クレーンを操作するためのスイッチが点滅する。

スイッチを押すとその方向にクレーンが動く。

とにかく落とし穴の近くに刺激を与えれば落ちそうな景品を狙う。

そうすればこういう類のクレーンゲームは少ないお金で取れる。

せこいといえばせこいかもしれないがお金がないのにやってしまう場合はそういう手段をとる。まぁ、たまに失敗して多く使ってしまうが。

クレーンを落とし穴の近くで止め、後は自動に動くため放置する。

キーホルダーの山にクレーンのフックが当たり、大量につまれたキーホルダーの山は崩れ、そのうちの一個が落とし穴に落ちる。

取り出し口から景品のキーホルダーを取り出し見てみる。

デフォルメされたキャラクターはかわいらしく怒った顔だった。

思わずオレは笑ってしまった。

「綾瀬川」

「は、はい?」

「これ」綾瀬川の前にキーホルダーを差し出す。

「え…?」

「これ、あげるよ」

「……」

「プレゼントだよ、プレゼント。あぁ、金なら気にすんな。日ごろのお礼だよ。って皮肉すぎか?」

オレの適当な言葉に圧倒されたのか彼女は黙ったままだ。

「い…」

これ以上、口を開くことはないのだろうと考えていたが突然、小さな声を出した。

「いる…」

そう一言口にすると彼女はオレの手にあったデフォルメされたキャラクターのキーホルダーをひったくるように手に取った。

顔を赤くしたまま彼女はまたそっぽを向く。

やれやれと思う。本当に素直にならないんだからな。

まぁ、この性格が彼女の綾瀬川のぞみという人物のなりなんだからしょうがない。

約三ヶ月ほど過ぎたし、何度も一緒にいてこういう面があることに気づく。

何度か、彼女かクラスメイトと仲良く喋っていたり、かわいらしい表情をしたりとちょっとずつだが変わっている。

けれど、オレは彼女の本当の内面というもの知るということはないのだろう。

そう、そんな日はやってこない。そう思っていたんだ。

この考えに終わりが近づいてくるなんてことを考えもせずに。

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