第12話
――――その日は朝から雨が降っていた。
空はどんよりと曇り、日は出てるにも関わらず昼は夕方みたいな暗さがあった。
「今日はのぞみちゃん、いないみたいだね」
持田はニヤニヤしながら言った。
「今日は休みなんじゃないですか?」
昼休みの部室。
珍しく持田は顔を出し、いつものように席に座っていた。
そして白石のキーボードを打つ音が響く。
こんな時間にまでパソコンを打っているのかと思うとちょっとすごいと思う。
「のぞみちゃんにしては珍しいね。彼女が休むなんて何かあったのかな?」
持田はコーラの缶をくるくると回し、不思議そうに言った。
そのとき突然ドアが開き、大きな音が部室内に響く。
オレと持田はビックリし、ドアの方を見る。
突然、開いたドアから数秒前、話の話題に上っていた人物が入ってきた。
「あ、綾瀬川?」
「のぞみちゃん?」
綾瀬川はオレたちを無視するようにツカツカと部室の中に入っていくると、部室の奥の片隅へと向かう。
そこにはいろいろなものが置かれており整理されていないため、持田たちはそこに近づくことはあまりなかった。
綾瀬川はそこまで向かうとそこにあった何かを手に取り、そのまま鞄の中へと仕舞いこむ。
「今日は珍しいな。遅刻か?」
オレは彼女に声をかける。しかし、何も反応せず彼女は無視をする。
綾瀬川は何も言わずにそのまま出口へと歩いていく。
「どうやらのぞみちゃんはお急ぎのようだね」
持田は相変わらずの口調で茶々を入れる。
綾瀬川はドアの近くまで歩くとそこで立ち止まる。
「リーダー」
「なんだい?」
「私、転校することになったんですけど」
「そうなんだ。じゃあ、上の方に連絡しておくよ。まぁ、僕たちとは離れ離れになっちゃうけどね。寂しくなるね。まぁ、組織のことは後で詳しくメールで説明するよ」
「ありがとうございます」
綾瀬川はそれだけ言い残すとそのままドアをあけ、部室から出て行った。
話を聞いていたオレはそのまま部室から飛び出し、綾瀬川を追いかける。
「綾瀬川!」
彼女はオレの呼びかけに応じず、そのまま歩き続ける。
「おい、綾瀬川!」
オレは必死に追いかける。
「転校するって本当かよ! なぁ?」
オレは綾瀬川の肩をつかむ。
綾瀬川はこちらを向く。
彼女の表情は一番、最初に出会ったときのような冷たくて他人を寄せ付けないものになっていた。
「離してくれないかしら? 痛いわよ」
彼女の視線は冷たく突き刺さるような威力を持っていた。
他の人ならひるむだろうが何度も目にしたことがあるため、簡単には引き下がらない。
「転校するって本当かよ?」
「本当よ。それが何? 太一君に関係あるの?」
「い、いや、確かに関係ないかもしれないが…」
「だったら、別にいいじゃない。離してよ」
綾瀬川は冷たく言い放つとオレの手を払い、歩き出す。
「だから待てって!」
もう一度、綾瀬川の肩をつかむ。
「関係ないとかそういうのどうでもいいだろ! オレだっていきなりだからビックリするんだよ!」
「……」
綾瀬川はさっきと変わって黙り込み、顔を伏せていた。
「いきなりあんなこというから心配になるだろ! すこしくらいは何かあったら離してくれよ!」
「……」
「だから―――!」
綾瀬川は顔を上げオレを見据える。
彼女の表情を見て思わずオレは黙ってしまった。
綾瀬川は泣いていた。
涙を流し、下唇をかみ何かをいいたそうだったがジッと耐えていた。
「関係ないって言ってるでしょ!」
綾瀬川はこちらを睨みながら叫ぶ。
そしてオレの手を払い、走っていってしまった。
「のぞみちゃんは行っちゃったみたいだね」
部室に戻ると持田はへらへらしながら言った。
「何で、アンタは彼女を止めないんだ?」
「だって止める理由はないからね。それに任務はすでにほとんどのところ終了しているしね。彼女がいなくてもいい状況だからかな」
それは初めて聞いたぞ。あいつからそんなこと一言も出なかった。
「別に必要じゃないってわけじゃない。彼女にはこれからも組織の一員として必要だし、いざとなればまた彼女を呼び戻す」
だからさっき詳しいことはまた連絡するとか言っていたんだな。
「なんだい? その悲しそうな顔はのぞみちゃんに嫌われたかと思っているのかい?」
「別にそんなんじゃないですよ」
「そうかい」
持田はそういうと黙ってコーラを飲む。
転校しちまうのか、アイツ。
別にアイツとは何もなかった。ただそれだけだ。
それなのになぜか気になってしまう自分がいる。
でも何でいきなり転校なんてするんだ?
やっとアイツも心を開いてきて、クラスの奴とも話していたじゃないか。
それなのになんで?
また思考がいろいろと働きだす。
これは悪いループに陥るのはわかっているが止められない。
ただ必死に彼女が転校してしまう理由を探そうとする。
「これから離すことはオフレコで誰にも話ちゃいけないこと何だけど、一人ごとだと思って聞いてくれ」
悩んでいるオレに持田は突然、口を開いた。
「綾瀬川のぞみ。彼女はとある企業の社長の娘。いわば令嬢」
持田はいつものやる気のない声から一転して静かに淡々とした口調になっていた。
綾瀬川が令嬢。
「彼女の家族には父親、姉がいる。彼女には母親がいない。それにセレブってことを抜けば何処にでもいる普通の家庭だ。ただ彼女と父親には深い溝がある。彼女の父親は仕事に生きる人間で家庭を省みない人物。
彼女と姉には厳しく、跡取りにするために英才教育を施していたことがあったそうだ。ただ綾瀬川が中学生に上がるとき、彼女は超能力に目覚めた。目には見えない能力だが彼女の父にとっては得体の知れないものには変わりなく、それから彼女の父親は綾瀬川に冷たくなった」
持田はただ淡々と喋っている。
オレは彼の口から開かされる綾瀬川の過去を黙って聞くしかなかった。
「そんなとき、組織が彼女に目をつけた。綾瀬川のぞみをスカウトし、組織の一員にしようとした。彼女は組織に入ることに反対を示さなかった。普通なら反対するはずの父親は何も言わずにそのまま彼女を見放した。それ以来、彼女と父親は仲が悪い。けれど父親は彼女を会社のために利用しようとしている動きがあってね。突き放したはずの綾瀬川のぞみを傍に置こうとすることが何度かあるんだ。そのせいで彼女は転校を繰り返している。今に始まったことじゃないから僕らは平然としているんだけど。今回の件もそんなとこだろう」
持田は昔話を語り終え、コーラを一口、口に含む。
そしてコーラの缶を持ったまま、立ち上がる。
「ということさ。これは組織の機密の情報の一つだから、情報の漏洩で罰せられる可能性があるんだ。怖いね。だからこの話は勝手な一人ごと。太一君は聞いてない。いいかな?」
持田はオレに同意を求める。しかし、オレの思考はすでにフリーズしているため、うんとも寸ともいうことができない。
「まぁ、いきなりだから反応しきれないよね。じゃあ、僕は教室に戻るよ」
そういうと持田はそのまま、部室から出て行ってしまった。
本当にこんなことで終わるのだろうか?
これでさよならというならなんていうあっけない終わり方だろうな。
ふと気づくと白石のキーボードをタイプする音はやみ、変わりに昼休みの終わりを告げるチャイムだけが響いていた。
教室に戻ってみたがと綾瀬川はいなかった。
その翌日も彼女は学校へと来なかった。彼女の存在は欠席者扱いにされていた。
まだ転校の手続きは終わっていないのだろうかと考えてみたものの、それは答えの出ない問題だから意味がなかった。そのことに気づき空虚感だけが胸に残る。
綾瀬川に一度、どういう心境なのか聞いてみたかった。
しかし、彼女に連絡したがつながらなければ家も知らない。
ただ途方にくれるのみ。
無理やりとはいえ、彼女は転校することを選んだ。
それが彼女の選択ならばオレにできることはない。
けれどあの時、彼女が泣いたことが脳裏によみがえり、忘れることができない。
どうして綾瀬川はオレが引きとめたとき泣いていたのだろうか?
そのわけさえしることができない。
ただ綾瀬川のいなかった日々に戻りつつあるだけだ。
けれど割り切れない思いが胸の打ちに渦巻き、悶々とした日々が続いた。
「綾瀬川さん、どうしたのかな? これで一週間近くなるけど、顔を見せないよな」
何も知らない谷山はのんきに言った。
綾瀬川が転校すると言い出してから一週間ほどたった。
「知らないな…」
「なんだオマエ、調子でも悪いのか? というか最近、突っ込みに切れがないな」
「オレは芸人じゃない。それに調子も悪くはない」
谷山の意味不明な評価を軽く受け返す。
「もしかしてマジで綾瀬川さんにふられたとかか? いや待てよ…。わかったぞ!綾瀬川さんはお前と顔を合わせたくないんだな。それで学校に来ない」
谷山はエロ顔で笑いながら空気の読めない台詞を吐く。
「なんでそうなるんだよ? オマエはアホか」
オレは表情を変えずにいった。
「つーか、オレに元気がないのは一切、アイツのことは関係ない。それに綾瀬川が来ないのにもオレは関係ない」
オレは嘘をついた。元気がないわけではないが、何かオレは考えすぎて、煮詰まって険しい顔をしているように見えるのではないだろうか?
「でも、オマエ、綾瀬川さんと話すときの顔はなんだか男子の俺たちには見せない、優しい顔をしてたぞ。クソ、オマエだけあんな綺麗な子と喋りやがって」
「ひがまれても何もでないし、喋りたきゃ勝手に話かければよかっただろう」
後悔は先に立たずだが。そう谷山に言ったとき、ふとポケットの中の携帯電話が震動し始めた。
「谷山、ちょっとゴメン」
「あ、あぁ? 電話か」
「そうだ」
一言つげオレはそのまま教室を出る。
ポケットの中の携帯はまだ振動し続けている。
どうやら発信者はオレが出るのを待っていてくれるらしい。
オレは先生に見つからないように階段のすみへと向かう。
ポケットから振動する電話を取り出し画面を確認する。
非通知と書かれていた。
知らないところからの電話?
何か変なところからかかってきていたら怖いな。
恐る恐る、通話ボタンを押す。
受話口に、耳を当てる。
「もしもし?」
『…………』
電話に出たのはいいが発信者から応答がない。
「もしもし?」
『もしもし? 末原君?』
電話越しに聞く相手の声はオレが一番、今、声の聞きたい人物だった。
その人物の声を聞いたオレは一瞬、我を忘れそうになるが気を引き締め、声を出す。
「綾瀬川か?」
『……。相変わらず気がつくのが遅いのね』
「うるせぇ」
『フフッ。末原君らしい応答のしかたね』
「そういうオマエも相変わらず応答の仕方だな」
オレは少しドギマギしながら答えた。
『そうかしら』
「まぁ、いつもどおりだ」
『そう……』
綾瀬川の声はいつも聞いていたような凛とした涼しい声だが何だが少し喜んでいるような声に聞こえた。
「な、なんだ。オレになんか用か?」
『お礼』
「お礼?」
なんだ、お礼って?
『末原君にこの前、キーホルダー、もらったでしょ。あの時、何も言ってなかったから』
「あー、あのときのか。別にそんなのいいよ。オレが勝手にやっただけだし」
『末原君はいいかも知れないけど私はちゃんとしたかったの』
「意外と律儀な奴なんだな、オマエ」
『キミは私をどんな目で見てたの』
怖い人です。なんていえない。
「さぁ、どんなだろうな」
『本当に……』
綾瀬川は電話の向こうでため息をついた。
コイツため息、しやがった。何か不満なのか?
『でも本当にありがとう。あの時は本当にうれしかったよ。いえ、今までも』
そういうと綾瀬川は黙った。
「なぁ、綾瀬川?」
オレはわけがわからず聞こうとした。しかし綾瀬川はオレが言うよりも早かった。
『ねぇ、太一君。私はキミと過ごせてよかったと思っているよ。だから最後にお礼を言いたいの』
綾瀬川はなんだか悲しそうな声で言う。
『私に優しくしてくれてありがとう』
オレは黙ってきいていたが彼女にかける言葉が見つからなくなった。
『こんな最後だけどさようなら』
「おい、綾瀬―――」
オレが彼女の名前を呼び終える前に通話は終わった。
多分、もう一度、彼女に電話をかけても繋がることはないだろう。
これが最後だって言っていた。
もう二度と彼女の声は聞くことはできないだろうし、あの笑顔も見ることもできない。
それでいいのだ。彼女はそう自分で選択した。
ここで過ごした日々の経験は次の場所でも彼女にプラスになってくれると嬉しい。
そう思った。けれど心の中はなんとなく寂しい感じもした。
彼女とはもともと関係のない世界の住人で最初から縁などなかったに等しい。
だから忘れるまでは頭の中で思い出すことはあるのだろう。
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