第5話
初めて深く関わったことのない人に内面を当てられるということをされ、オレはパラダイムシフトができてしまうくらいのショックを受けた。
白石の言うとおり、綾瀬川の内面を考えて接すればオレの疑問を解決できる。
ようは『人の気持ちを考えて動け』だ。
こんな簡単なことを気づかないオレは単純に馬鹿としか言いようがない。
そう考えると谷山はすごいのか……。それは認めたくないな。
オレは白石に言われてから、考えた。
知恵と知識のない空っぽの頭でどうやって綾瀬川と話すきっかけを作ろうかと。
こういうことをいうと綾瀬川に恋心があるみたいに思われるかも知れないが、けしてそういうことじゃない。
下心的なものは持っていないし、まして親密な仲になりたいと思うわけではない。
ただ気になったのだ。何であんな悲しそうな顔をしているのか。
何で一人でいようとしてるのか。
ただ気になった。
理由を作文に書けといわれたら、一言、それだけしか書けない。
とやかくオレは頭がオーバーヒートを起こす寸前まで、戦国時代に活躍していた武将みたいに策略を練った。
しかし、やはりそこは無駄だった。
持田にアタックしろとは言われたがどうアタックすればいいのかわからないし、そこまでの度胸と自信が今のオレにはない。
やはり空っぽのオレの頭ではどうにもこうにも無理があり、途中であきらめたのは言うまでもなかった。
「どうすればいいものか?」数日たったある日の放課後。
これからまた綾瀬川の任務とやらについていくのだが、今日も満足のいく結果はのこせそうにないと思っていた。
オレはまだどういう方法で話かけようか考えていた。
あきらめがつかないため何度も考えるが、それも意味のないことを繰り返しているだけ。
だから最初のようなため息が混じったようなことを言ってしまう。
「本当にどうすればいいものか……」
何かきっかけでもありゃいいんだが…………。
オレはとりあえず、屋上に行こうと席を立ち上がる。
そして机の横にかけてあった鞄を手に持ち、足元をふと見たときだった。
ん………………?
思わずそれに反応してしまった。
よくゲームセンターの景品でありそうな手のひらサイズで女の子がすきそうなファンシーなぬいぐるみのクマのキーホルダーがこちらを見るように、床に落ちていた。
オレはそれを手に拾い、しげしげと観察する。
これは確か………………、どこかで見た気がする。
それを観察しつつオレは記憶をたどり、それを持っていた人物を探す。
ここに落ちていたということは掃除した後に落としたということだし、それにここに落ちているということは……。
その瞬間、オレは名探偵のようにひらめいた。
俗に言うアハ体験とかいうやつだ。
何でこんな簡単なこと気づかないんだ、オレは!
一度じゃなく、何度も、いや毎日のように見ていた。
席の近くで。
屋上で。
部室で。
いつも。
いつもあきれるくらいに。
なんてオレの眼は節穴なんだ。やはりオレはどうしようもない馬鹿だ。
これがことわざで言う灯台もと暗しか。
なんてことを考え、オレは変な確信を胸に抱き、それをポケットにしまうと駆け出し教室を後にした。
屋上へ上がると、綾瀬川は先にいた。
いつもと変わらない顔で双眼鏡を覗き込んでいた。
「なぁ、綾瀬川」オレは綾瀬川に近づき、話かける。
「…………………………」
綾瀬川は何も答えず、一瞥もくれなず双眼鏡を覗き続ける。
普段のオレならへこむとこだが今日は引き下がらず背を向けている綾瀬川をもう一度呼んでみた。
「なぁ、綾瀬川」
その瞬間、綾瀬川は眼にも止まらない速さでこっちに振り向きつつ、カッターをオレの首元にピタリと当てる。
オレは一瞬でそのことを理解し雷に打たれたかのように全身に鳥肌がたつ。
反射的にオレは両手を上にあげ、降参のポーズをとる。
どっからそのカッターナイフを一発で出したんだよ?
「キミって本当に殺されたいみたいね……。私は言ったはずよ、任務の邪魔したり、特に話かけたりしたら命はないって」
やっぱり、この女、怖ぇよ。だって目が尋常じゃないくらいに座ってるぜ。
絶対、前世はメデューサだろうな、多分、すごい人数を石に変えてるだろ。
でもオレにはこういうことになることはすでに予想済みだったから、出会ったときのようにうろたえなかった。
「いや、殺される気はないけど……」
「じゃあ、なに? 私に痛めつけられたいってこと?」
綾瀬川のカッターナイフを握る手に力が少し入り、オレの首の皮膚に食い込む。
多分、表皮一枚分の薄さが切れた。次に力を入れられたら確実にお陀仏だ。
「なにをどうしたらそんな考えにいたるんだよ!」
「まぁ、どっちでもいいわ。私は今日、少し機嫌が悪いの。だから、誤まってキミの首を薄皮一枚分にしてしまうわよ」
いつでも機嫌が悪そうな顔してるじゃないか。
もしかしたら今日は本当にやばいかもしれない。しかし、ここでコイツを、切り札を出さなければチャンスはない。
一か八かの大勝負に出るしかない。
「もしかして、不機嫌な原因ってこれか?」
「え……?」
ポケットからクマのキーホルダーを取り出し、綾瀬川に見えるようにする。
綾瀬川は一瞬、証拠を見せられたサスペンスドラマの犯人のように見たことのない驚いた顔をしていた。
「さっき教室で拾ったんだけど、違ったかな。まさか綾瀬川がつけるわけないよな」
「それはわ……、私の」
綾瀬川は恥ずかしそうに顔を赤くしながら小さい声で言った。
どうやら作戦は上手くいったらしい。
「ん? い、今、何かいったか?」オレは聞けていたが白々しくわざと聞き返す。
「それは私の物!」彼女はさけんだ、恥ずかしそうに。
やっぱり、このキーホルダーは彼女のものだったみたいだ。
「そ、そうか」
綾瀬川の鞄にいつもぶら下がっていたのをオレは毎日のように見ていた。しかし、どうやらそれを認識しないで、風景の一部として捉えていたためにさっきは気づかなかった。
「はい、これ」
オレはクマのキーホルダーを綾瀬川に差し出す。綾瀬川は少し動揺してるのか、キーホルダーを奪うようにしてオレの手からとると首からカッターを放す。しかし、表情はそのままでオレの方から顔を離さない。
しかし、なんとなく眼が恨めしそうな顔をしているが気のせいか……。
綾瀬川は少し黙りこむと、口を開いた。
「何かたくらんでるの?」
綾瀬川はなにか、探るようにオレに聞く。
「なにもたくらんじゃいないよ。ちゃんと落し物は落とし主に届けなきゃだめだからねぇ。ただそれをしただけさ」
オレはおどけて言う。それを聞いた彼女は理解できないというような顔をする。
「なんでそんな顔すんだよ。言っておくけどオレは善良な人間だぞ! ただ……」
「……ただ?」
「こんなこと言うとなんだかへんな下心があるみたいな言い方だけど、別にだからって仲良くなりたいとかそういうことじゃないんだ! ただ綾瀬川と少しくらいはまともに喋れたらなとは思ったんだけど。綾瀬川はいやかもしれないけど、少しくらいはいいだろ、こうやってピリピリしないで話したりするのもさ」
「……」
綾瀬川は何もいわないで黙る。
ずっとこちらの様子を伺うようにして、なにを考えているのかわからない表情をしていた。
「馬鹿じゃないの……」
「へ……?」
「あれほど警告して殺されかけてるのに私とおしゃべりしたいなんて馬鹿みたい」
綾瀬川はさらっといつもの調子で言うとオレに背を向け、フェンスに近づく。
振り返り、オレを見ながらいう。
「でも……、キーホルダーを拾ってくれてありがとう」
綾瀬川はいつものツンツンしたトゲのある表情ではなく、まっすぐで誰もが見とれてしまうような綺麗で優しい微笑みを口元に浮かべていた。
オレはふと思った。やっぱりコイツにはこういう顔の方が似合いそうだ。
「なぁ、綾瀬川」
「何?」
「オマエは笑ったほうが、可愛い気があると思うぞ」
言うつもりはなかったが、なんとなく口に出してしまった。
「なっ……!?」綾瀬川は少し、顔を赤らめ驚く。
これで少しは危険な行為は減るだろうか?
そう思った次の瞬間、カッターがオレの頬をかすり後ろの地面に落下した。
「……!?」
何が起こったのか理解できたが、なんでカッターを飛ばしてきたのかがわからない。
綾瀬川は顔を赤らめたまま、怒ったようにオレに背を向け双眼鏡を覗く。
今のが照れ隠しなのか? 前言撤回だ。やっぱり危険物指定したほうがいいな、コイツは……。綾瀬川の後ろ姿を見ながらオレはふと思った。
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