第4話

それからというものオレは嫌々ながら、綾瀬川のよくわからない任務とやらについていった。しかし、バイトがないときは暇なため自分から屋上に上がったりしていた。

任務といっても綾瀬川は屋上に上がり、遠くの方を自分のものなのかわからないが普通の店では売ってなさそうな双眼鏡を手にし、二、三メートルはありそうなフェンス越しに遠くをそれで眺めているだけだった。

そのときオレはなにをしているかというと漫画を読んだり、ジュースを飲んだりと気楽なことをしていたし、一定の時刻になると綾瀬川は『私は先に帰るわよ』とか言ってさっさと言ってしまう始末。

綾瀬川がいない日は部室に行き、顔を出し、ここでも暇をつぶしていたりしていた。

部室に行くと白石はいつもパソコンで何かの作業をしていて、邪魔するのも悪いのでオレは一切、話かけることもしなかった。だから、白石には組織とか超能力とかいう非現実的なことは聞けなかったし、聞こうとも思わなかった。これでちゃんと監視してるのかは気になったが……。

映画同好会とかいう変な名前を掲げているだけあってノートに書かれた映画のシナリオだったり、映画に関する資料本、カメラ、マイクなどが意外にもちゃんとおいてあった。

しかし、活動しているのかどうかは怪しいが。

それに持田は部活に入部することを伝えたとき以来、会っていないし、部室に何度か顔を出してもすべて不在だった。

それでもオレは部室に顔を出すのも悪くはないなと思いつつ、そんなこんなで三週間くらい時間は流れた。

確かに監視が今までより、軽くなったのを実感しオレは持田のことを少し見直した。

これならば今までの生活と変わらないし特に目立ったこと起きていない。

しかし、日が進むにつれこの生活にもなれてきたのだが、ひとつだけなれないことがあった。それは綾瀬川の存在。

 オレは彼女と仲良くしようと思っているのだが彼女の周りには『寄るな!』というとげとげしたオーラが出ていて、近寄りがたかった。

それを示すかのようにあるときオレは綾瀬川に話しかけた。

すると彼女は無言でオレ向けカッターを投げてきたことがあった。もちろんあたりはしなかった。彼女がわざと外したのだろう。

わかりやすい、警告。

わかりやすい、脅し。

改めて、彼女を怖いと認識したときだった。

それいらい一緒にいるだけで気まずい空気が流れてなんだか落ち着かないしオレは命を狙われるんじゃないかと思ったくらいだった。

とにかくオレはこの空気から抜け出すことを考えるようになっていた。

 最初の時からそうだがやはりオレはどうやら綾瀬川に対し、苦手意識を持っているみたいだった。

彼女は一人になりたいのだ。

一匹狼になりたいのだ。

そんな彼女にオレはどうやって接すればいいのかわからなかった。

だからこそ彼女とは仲良くすることもできないし、近づくことさえできない。

そう思っていた。

そう感じていた。

しかし、その考えを一吹きの息で払拭するような出来事がおきることをオレはこのとき知らなかった。


――――「綾瀬川さんっていつもツンケンしてるけど、なんでなんだろうな」

谷山は購買で買ったばかりの焼きそばパンをオレンジジュースと一緒に飲み込むと、口を拭いながら、オレに聞く。

「オレに聞くなよ……」

「不思議じゃないか?他の人は新しいクラスに慣れて、何人かと話したり、つるんだりしてるだろ。だけど、彼女一ヶ月も経つのにクラスの人とも仲良くしたりしていないんだぜ」

「そういうのが嫌いで一人になりたいって奴もいるだろうよ」

オレは適当にあしらう。

「けどさ、彼女を見ていると表面ではトゲトゲしてるけど実は誰かと仲良くなりたいと思っていそうな気がしてるんだよな」

「なんだそりゃ? オマエはフロイトか!?」

焼きそばパン最後の一口を飲み込み、苦しそうに嚥下する谷山をみて茶化すようにっこんだ。

「フロイトって誰だよ? まぁ、そんなのどうでもいいけどオレの女の子に対する研究成果がなせる技だな」

「気持ち悪いこというなよ。オマエがそういうこと言うとマジだから怖い」

谷山の冗談は本当に冗談でいっているように思えない。

「気持ち悪いとか言うなよ。でも本当に綾瀬川さんを見ててそうおもったんだよ」

谷山はオレンジジュースの残りを飲む。

「末原、彼女と部活一緒なんだろ。話したりしないのかよ?」

「いや、あまり話さないが……」

「かぁっ! これだから、お前はいつまでも彼女なし子なんだよ」

その言葉をそのままそっくりお前に返してやる。

「オレのことはいいんだよ。お前、何人かの男が好意をもって近づいたのにことごとく撃破されてまだ誰一人として彼女とまともに話してないんだぞ! 唯一の例外を除けばな」

「例外? アイツとまともに話した奴がいるのか」それは意外と驚きだ。

谷山は「はぁ」とまるでこいつは終わっているとでもいいたそうな顔をし、突然、オレを指差し言う。

「お前だよ! お前!」

「うぉ、何だよ!?」オレは驚いた。

「お前だよ。唯一、あの綾瀬川さんとまともに話した奴はお前だけなんだよ!」

「オレがかぁ!? 谷山、冗談は止めろよ。オレはアイツと三行以上も会話したことないぞ! 他にもちゃんと話した奴もいるだろうに」

たとえば持田とか。 しかし、よく考えてみればコイツは持田を知らない。

それに彼女に話かけて、殺されかけてるんだ。まともに話そうと思ってもそういう機会がなかなかないのだ。

「いいか、末原! まともに話せない男子がいるのにも関わらずお前だけは面と向かって話してるんだぞ! 知ってるか!? 彼女がなんて呼ばれているか?」

「いや、あいつがなんて呼ばれていようが俺には関係ないから知らない」

「ほんとにオマエは犠牲者にボコボコにされてしまえばいいんだ!」

谷山は肩を力ませて言う。そこまでいう必要はないと思うが……。

「とにかく! 彼女は鉄壁の女王って言われてるんだぞ」

鉄壁の女王か…………。考えた奴がすごいな。

「そんな憧れてる男子が多いなか、何でお前だけがおいしい思いをしてるのか気に食わんぞ!」

「知らねぇよ」オレさらりと流す。

谷山はコイツはもうしょうがないといわんばかりの顔をする。

「だからよ。まったくチャンスがない奴がいるんだから、まともに話てみろよ。 多分、お前は仲良くなれると思う!」

「ああ、そうかよ」オレは適当に流す。

考えて見ると、綾瀬川とは話していないがよく一緒にいるな。何度でも話しかけようと思えば話かけられる。 

 けれどあの警告がいやだからな……。

考えている横目に谷山は続けた。

「そして俺に彼女を紹介して! そうすればお前もオレも仲良くなれて一石二鳥だぜ!」

それが魂胆か……。

オレは、あきれて何も言うことができなくなった。


 こんなことを言うと言い訳になるのだが別に谷山の言っていたことが気になったわけじゃないないのだが……。

弁明するための言葉が見つからん。とにかくオレはもやもやしていた。

『実は誰かと仲良くなりたいと思っているんじゃないのかと』

谷山が発した言葉がずっと地球の周りを回り続ける月のようにループしていた。

さっきは知らないようなふりをしていたが、知らないわけじゃなかったし、気づいていた部分が所どころあったのは認める。

この三週間ほど関わったが綾瀬川は時々、なんとなく悲しそうな顔をするときがあった。

そのときの彼女は表情自体変わらないものの雰囲気というか、印象が違って見えた。

周りを近づけさせない鋭いような感じの彼女と違い、どこか憂いを帯び、どこかはかなげな感じがしていた。

なぜそんな悲しい顔をするのだろうか?

なぜ笑わないのか? 

綾瀬川は何で笑わないのか気になった。

とにかくオレはこの疑問を頭の中から消し去りたかった。

まずアイツのことを考えているという自分自身がなんとなく許せなかった。

頭の中に解決しないものを抱えたまま、旧生徒会室つまりは部室に足を運んだ。


「うーす」部室のドアを開けるといつものように白石がパソコンで何かしらの作業をしていた。

「よう、白石」

オレは白石に挨拶し、席に座る。

白石はうんとも寸とも言わないまま、パソコンに何かを打ち込む。

初めての白石と会った奴は『何だこいつ?』と思うかもしれないが、これが白石の性格なのだ。だからオレは驚かない。

「そういえば、綾瀬川がいないけど?」

「彼女は任務……」白石は興味なさそうに答える。

「ふーん……」

そこで会話が終わる。まぁ、いつもこんな感じだからお互い気にしない。

カタカタと白石のキーボードの打つ音が室内に響く。

オレは今日配られた、国語の課題に手をつける。

「……………………………………」

「……………………………………」

終始無言……。ずっと静かな部屋には白石のキーボードを叩く音と時計の針が進む音だけがしていた。

二十分ほどたったくらいだろうか? 

課題もそろそろ終わりに差し掛かったとき、突然、キーボードを打つ音がやんだ。

 オレはそれに気づき、白石のほうを見る。

白石は無言でまっすぐにオレを見ていた。

「………………」

「………………」

見詰め合う二人。言葉はいらない。

というラブロマンスのような言い回しが聞く状況じゃなく、オレにはよくわからない状況だ。

「………………」

「あの~、白石さん?」

白石は黙ったままオレを見ているため、どう反応していいのか困った。

多分、何か言いたいのだろうけれどなにが言いたいのか予想つかない。

そう思っていると白石は口を開いた。

「あなたは――――」

その言葉は今のオレにとっては混乱を招くための、すでに混乱しているがさらに混乱を拡大させるためのトリガーにしかならなかった。

「あなたは綾瀬川をどう思ってる……?」

「どう……、思ってるって?」なんとなく質問の意味がわかっていたがオレは知らないフリをした。

しかし、白石は非情にも無表情に、淡々と続ける。

「この一ヶ月ほどで感じた印象、雰囲気」

ああ、今、そういう悩みをオレは持っていますよ。

なんてタイムリーなんだ。優ちゃん……。

自分の気持ちを隠そうとする自分がふざけたい衝動に駆られる。

けれど、白石の雰囲気は真剣に感じられ、しかも彼女の瞳はすべてを見透かすような感覚がしオレは少しひるんでしまう。

「別に何の特別な感情は持ってはいないけどな」

「嘘……」オレのハッタリは一蹴された。

「あなたは彼女に何かしらの感情を抱いている。親近感なのか、わたしにはわからない。けれどそれにちかいようなのを感じられる」

「まさか、オレが綾瀬川に親近感を感じているって言うのかよ? それは誤解だよ、白石。オレはアイツが監視役で迷惑してるところだよ」

「それも嘘」白石はあっさりと否定する。

彼女は無表情に続ける。

「強がってもダメ。あなたは綾瀬川と近づきたがってるのがわかる」

顔にでも出てるって言うのか? 挑戦したけどダメだったんだよな……。

「彼女も素直になれないだけ。あなたは彼女のことを勘違いしている」

…………………………!? 聞き取れなかったわけじゃない。

その言葉の意味がわからないのだ。

「白石、それはどういうことだ? お前の言っていることがよくわからないぞ」

「あなたがもっと心を開いて彼女をしっかりみればわかるはず。あなたが見ているのは側面だけ、彼女を理解しようとすればあなたの疑問は解決する」

白石はそれが当然とでもいうように淡々と言い放った。

たった一言だったのかもしれないが、オレには頭を硬いもので殴られたときのような衝撃があった。ショックが大きく、その一言でオレはほとんど何も考えられなくなった。

「なんとなく言いたいことは理解できたが、一ヶ月そこらでアイツを理解しようとするのは難しいぜ……」苦し紛れで出てきた言葉はそれだけ。

多分、それは言い訳なのだろうが。

「確かに短期間で彼女を理解することは苦しい。けれどあなたにはそれをする力がある」

 このとき初めてまだ出会って間もない人にそういうことを言われた気がする。

谷山だってそんなことは言わない。

「それが彼女を変える方法であり選択。だから、あなたの側に彼女がいる……」

「…………………………」オレはなにもいうことができない。

なにを言ってるのか、さっぱりわからずオレは混乱する。

「そうそう、だから僕は太一君のそばにのぞみちゃんを監視役としてつけたんだよね~」

気の抜けた声が、シリアスな場面を壊すかのように突然、聞こえた。

この感じは紛れもなく一人しかいない。

持田がいつの間にかオレの後ろに立っていた。

「持田!」

「やぁ、太一君。相変わらずだね。 のぞみちゃんとは……、進展がなさそうな顔してるね。まぁ、彼女の性格からして一筋縄では行かないからねぇ」

カラカラと笑う。

「優ちゃん、太一君が困ってるよ。太一君みたいな人にはストレートに言ってあげないと、わからないんだよ」

持田は白石に向けて笑いながら言う。白石はなにも答えない。

「太一君。つまり優ちゃんの言葉を簡単に言うと、もっとアタックしろってことだよ」

「アタック?」

「そうアタック。のぞみちゃんに二回くらい殺されかけただけであきらめるなってこと。のぞみちゃんはああ見えて弱い子だから、今のうちはツンツンしてギャースカ言ってるけどこっちからいってやれば心を開いてくれるよ、多分」

「多分って…………」可能性かよ。

「まぁ、太一君なら大丈夫。彼女を理解できるよ」

彼はいつものようにヘラヘラしながら言う。

持田は白石に「これ、オーダー」といいながら何かの封筒を渡す。

白石は無言で受け取る。

「今日はこれを渡すために部室にきたんだけど、まさか太一君に会えるとは思っても見なかった。けど無駄話してる暇はないんだよねぇ」

持田はそういいながら、ドアの方に向かい歩く。

「あぁ、そうそうただひとつ忘れちゃいけないのは何で優ちゃんが太一君にこの件に関することを言ったのかって考えること」

持田は思い出したかのように言う。

「じゃあこれで僕は退散するよ」それだけ言い残すと部室から出て行ってしまった。

ほんとに風のような人だな……。

あきらめずにアタックを掛け続けるか……、そして綾瀬川がどう思っているか考えるってこと。

白石はそれを言いたかったのか。

オレは白石を見る。彼女は無表情で『オーダー』と呼ばれた封筒を開け何か紙を見ていた。

「任務か?」

「そう……」

「そうか……」

さっきのことか何もなかったかのように白石はまたパソコンに打ち込み始めた。

「白石、アドバイスありがとう」

オレは聞こえるか聞こえないかのところで言う。

「礼はいらない。これは私たちにも関わることだから、あなただけに任せるわけにはいかない」

白石は無表情でパソコンに向いたまま言う。

こいつらの任務のなかで関わっているのだろうが、オレには詳しいことはわからないし、関係ない。

「そうか……」

「『そう』と答えるのは二回目」

「悪いな、語彙力がないんだ」

オレは白石におどけながらいう。

「そしたらがんばってみるよ」

白石は何も答えずにパソコンに何かを打ち込むだけだった。

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