第3話

白石から部活の入部に関してのことを聞かされ、オレは悩んだ。

変わった用事もなければ、目的もないのに部室に来いということなのだろうか?

バイトのない日に遊びに来いということなのだろうか?

オレは授業中でも、それを考えて勉強どころではなかった。(授業なんて普段からまじめに受けてないようなもんか)

綾瀬川の重圧のなかオレは思考し、頭の中が空っぽのくせにがんばって考えるということをしてしまうから疲れた。

 白石から話を聞いてから二日後にオレは彼らの部室に顔を出した。

色々と変に悩んだ末の決断だがまぁ、どうにでもなれの精神だ。

ドアを開けるとすぐに持田がいた。

 白石が言っていた通り、彼女はもちろんいた。

「やぁ、くると思ってたよ。いや待てよ? くると思っていたというのは言葉の間違いかな? まぁ、いいか。とりあえず決断はできたかな?」

確信を得たように嫌な笑みを浮かべる。

「決断というよりアンタの企みじゃないですか」

オレは皮肉をこめて持田に言った。

最初に出会ったときみたいに年上を敬うそぶりもださない。

しかし、持田は気にしたそぶりも見せない。

「あれ~、そうだったかな?」

持田は変な顔をして首をかしげる。

「まぁ、太一君がどんな決断をしてきたか聞こうじゃないか」

「もう答えはわかってるじゃないか」

「さぁ、まだ僕にはどんな答えになるのか予想つかないしね。太一君の口から聞きたい

んだよ」

どこまで嫌な人なのだろうか。オレだったからまだしも他の奴だったら、土下座して泣いていただろうこの状況。

本当にため息しか出てこない。

オレは何も言わずに、部活動の入部届けを持田の目の前に出した。

「これがオレの答えですよ」

持田は眼の前の紙をとり、眼を通す。

「わかった。あとは担任の先生に出すだけだね」

持田はまるで魂を手に入れた悪魔のような満面の笑みを浮かべる。

「いや~、良かったよ。太一君がこの映画同好会に入ってくれて。断られたときはどうしようかとおもったよ」

まずあんな強制な条件を出されて断れる奴がこの世界にいるとしたらどこにいるか、知りたいくらいだ。

「まぁ、しがないこんな部活だけど遊びにきてよ。特にすることはないけどね」

持田は、あははと笑う。白石が打つパソコンのキーのカタカタという音が部室内に響く。

「でもなんでオレをこの部活に入部させたんだ? 入部させなくても綾瀬川に監視させればよかったじゃないか」

オレは不満と疑問を一緒にぶつけてみた。

「そりゃぁ、太一君の気持ちを考えてのことだよ」

「こんなことをしても監視してることと変わりはない。普通ならオレを泳がせるとかもっと効率のいいやり方がアンタにはあったはずだ」

「さすが太一君、読みいいねぇ」

持田はヘラヘラしながら、左の小指で同じ方の耳の穴をかいていた。

「まぁ、太一君の言うとおり、このことは効率のいいやり方じゃないってことはわかっていたけど、僕の作戦上、別のやり方だと支障が少し出ちゃうからさこの方法にしたんだよ。言えることはそれくらいだよ。僕の手札を見せたら楽しみがなくなっちゃう」

持田はそういうと席を立ちあがり、ドアノブに手を掛ける。

「何処に行くんだ?」

「ん~、用事かな」

「用事って……」

「そのことについてはまた太一君が遊びにきたらってことで。それから映画同好会にようこそ」

持田はドアをあけ、二人ともまたねと言い残し、出て行った。

オレと白石は残されたままになった。

はぐらしたまま逃げやがった。結局また、うやむやなところで煙に巻くから振り回されてばかりだな。

「ふぅ、なんなんだよ一体……」

一番、あの人だけは正体がつかみづらいし、雲のようにフワフワしてる。何を考えてるんだかさっぱりわからない。

不意に肩を叩かれ、後ろを振り向くといつの間にかキーボードを打つのをやめ白石がオレを見ていた。

「な、何?」

少しだけ気まずいオレ。

「これ……」

白石は何処から持ってきたかわからない、チョコミント味のカップ型アイスをオレの前に出した。

「く、くれるのか?」

白石はなにも言わずに首を立てに振るだけだった。

「い、いただきます」

ここで断るのも悪いと思い、オレは白石からそれを受け取った。

「私からの入部祝い……、食べて……」

完全無表情で白石はポツリと言うと、またパソコンを操作し始めた。

コイツなりの気遣いなのだろうとオレは思った。

白石は表情からして読めないが、実は中身は普通で一番、三人のなかでもまともなのでは。

アイスをくれたお礼を言う。

「白石、ありがとう」

「礼はいい」

白石は見向きもせずにパソコンをひたすら打ちながら言った。

もらったアイスを完食し、オレは特にようがないのでここから立ち去ろうと思い、立ち上がる。学校は終わったがまた監視されてるのかもな。

まぁ、しょうがない。

オレはドアを開きに出ようとした。

「待って……」

消えそうな声が後ろからした。

オレは振り返る。

白石は沈みかけた夕日の空をバックにして立っていた。

「どうした?」

白石の顔が影で少し見えずらく、表情が読めなかった。

「綾瀬川を勘違いしないであげて欲しい……」

「えっ!?」

「ただそれだけ……、さようなら、また明日……」

それだけ、白石は言うとまた座りいつもどおりにパソコンを打ち始め、オレは何も言えず、そのままドアを閉めてしまった。

今、白石は、綾瀬川がなんとかって言ったよな……。

何だったのだろうか?

オレは頭の片隅に残しつつ、学校をあとにした。


翌日。担任に入部届けを提出し、正式に部員となった。

まぁ、これで普通の生活ができるかといったらどうなるかはわからない。

「へぇ~、お前が部活ね。あれだけ一年の頃は部活はやらねぇとか言ってたくせによ。どういう風の吹き回しでこんなことになったんだよ」

谷山は女子に半径三メートル近づいただけでもその女子が逃げ出すくらいのエロい笑い方で聞いてきた。

「ええい、お前のそのエロ顔はやめい! 別に気が変わったとかそういうもんじゃねぇ」

「オレのエロ顔は止めることはできないが、この口を止めることはできるぜ」

「じゃあ、今すぐその口を閉じろ」

「はい、閉じたぜ。これでどうだ?」

「どうだ?と聞いている時点で黙ってない!」

オレは昼休みだというのに谷山相手に廊下で漫才みたいなことを繰り広げていた。

まぁ、これがオレの平穏な日常だからいいのだが。

しかし、そんな綿菓子のように甘い考えはオレの苦手な奴の襲来によっていとも簡単に壊された。

谷山とつるんでいると綾瀬川がつかつかと歩みよってきた。

そして何も言わずにオレたちの目の前に立ち止まった。

谷山はオッと声を出し、綾瀬川を見ていた。

オレは気にせず、知らないフリをしようとし綾瀬川の見えない方へそっぽ向いていた。

「なにかようかな、綾瀬川さん?」

谷山はいつものいやらしい顔をし聞く。

「少し貸してもらうわよ」

「へ?」

その一言を谷山にいうと綾瀬川はオレの学生服の襟のところを引っ張る。

オレはいきなりされたもんだから、体勢を保てず後ろによろけた。

谷山は何もしないで見ているだけだった。

そして綾瀬川はオレを引きずり、歩きはじめた。

綾瀬川は襟元を持っているためオレの首がいい感じに閉まっていた。

何なんだよ、一体!?

オレはビックリしたのと突然こんなことされたのが少し頭にきた。

本当にコイツは限度というものを知らないに近い。

「話があるの……、ついてきて」

綾瀬川はいつものように淡々と言う。

ついてきてというがオレは引きずられている状態になっているから、いやでもついていかざるをおえない。

しかも廊下にいたやつらに見られているため、恥ずかしい。それにケツが痛い!

傍から見たら何をやっているのかわからない。

オレは必死で、服によって閉まっている首元を手で隙間を開ける。

苦しいが綾瀬川に言う。

「話だったらここでもいいじゃねぇか! だから離せ!」

「ダメ! 人が少ないほうがいい」

有無を言わさずに綾瀬川はオレを引きずりながら、廊下を突き進む。

「ついていくから離せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

オレは叫びながら綾瀬川に言うがそれもむなしく、オレの叫び声が廊下に響きわたるだけだった。

そして強引につれてこられたのは誰も使用しない非常階段だった。

昼休みでも誰も来ないため密談するためには確かにもってこいの場所だが、こんなところまでつれてこられてオレと何を話そうというのだ?

オレはいきなりこんなことに巻きこんだ綾瀬川に当然の怒りをぶちまけた。

「なにすんだ、このやろう! お前、いきなりこんなことして楽しいのか!? つーか、お前、この学校でみんなの話題にあがってるんだぞ! ちょっとは自意識つーもんがないのか!」

「キミって意外と良識を持ってる人間なのね。こんなこというのもなんだけど発言と行動からそんなものを持ち合わせていないように見えたけど」

綾瀬川はなんの抑揚もつけずにわざとらしく驚いているようにサラリといった。

「お前、喧嘩売ってんのかよ!? 第一、綾瀬川はオレの監視役で関わるつもりがなかったんじゃないのか!?」

「私も指示がなければキミとなんていたいと思わない」

誰とも関わりたくないの間違いじゃないのか?

「指示?」

「そう。リーダーからの指示」

「持田が何か指示を出したのか?」

綾瀬川は無言で頷くとポケットから手紙を差し出した。

またこのパターンか……。どうやらあの人はなにかしら人を驚かすのが好きな性格らしい。

本当になにがしたいのかよくわからない人だ。

「手紙にはなんて書かれてたんだ?」

「自分で読んでみれば」

綾瀬川は呆れたような顔をし、オレの眼の前に手紙を出した。

オレはそれを受け取り、読んでみた。

綾瀬川に向けて持田からの手紙には、たった一言書かれていた。

『放課後、任務の時も太一君と一緒にいて行動の監視』

はい、以上! 意味が解らねぇよ!

何だ、行動の監視って!?

だってこの前に監視を軽くするといって、あのよくわからない部活に入ったのに、監視のレベルを上げてきやがった!

言ってることとやってることが矛盾しすぎてる!

それにこの心が凍りでできたような女と一緒にいろだと!?オレはバイトもあるんだぞ!

「私はこれを読んで反対したのよ。けれどリーダーは『これも任務のひとつだよ。 まぁ何かあったときのために優ちゃんにも監視させておくから』って笑ってきかなかった」

綾瀬川は心底、どうでもよさそうに言った。

「私は別にキミが一緒に行動することになっても遠慮もしないし、今までのように行動するだけ」

冷たい視線をオレにむける。

「任務のときも一緒ってことはその場所まで一緒に行動しなきゃならないってことか!?」

「つまり無理やりキミを連れて行けということになるみたいね」

馬鹿らしくて反論する言葉も浮かばなくなっていた。

「もうオレにはよくわからない……」

この瞬間、オレの足元がすべて崩れた気がした。

「仕方ないじゃない。私たちの行動を目撃してしまったためにこうなったんでしょ」

「アレは不可抗力だ! あんなの偶然にしか過ぎないだろ!」

オレはもうやけになっていた。

「知らないわよ。私には関係ないし、とにかくリーダーの命令だから従うけど、くれぐれも私の邪魔はしないでね」

綾瀬川は無常にもそういうとスタスタとまたどこかへ消えてしまった。

残されたオレは馬鹿みたいに非常階段で途方にくれていた。

一体、オレはどこへ向かって流されているのだろうか?

だれかそれを知っているのなら、今すぐにでも教えてほしい気分だった。


昼休みを終えるチャイムが鳴り、オレは魂が抜けた状態で教室にもどる。

教室へ入るとクラスの全員が入るなり一斉にオレの方を向いた。

やはり、さっきのことが広まったらしい。

そりゃ、廊下であんな大声出していたら広まるだろうな。

オレは大勢の人間に見られるという耐性がないから、身がすくむというかなんというか。

「どうだった、末原? 何か喜びそうなことはあったか?」実にいやらしい顔をして谷山は近づいてくる。

「別に……。愛の告白なんてものはなかったし……。オレにとってなに一ついいことはなかったよ」多分、鏡を見たらオレはもう生気のない顔をしているのだろう。

「…………?」 谷山は不思議そうな顔をした。

オレは谷山を無視し、よろよろと自分の席へ座る。

隣にはすでに次の授業の準備をし、まっすぐ教壇のほうへむき席に座る綾瀬川がいた。

オレは席に着くとそのまま机に突っ伏した。

おかげで授業は聞く気になれなかったし、なんだかやるせなかった。

ああ、平和だったあの頃がいとおしい……。


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