収容
5日前、わたしはマコちゃんに連絡をした。
『マコちゃん、忙しいって言ってたよね。プラネタリウムの開始時刻表送るから、負担なく来れる時間の選んで連絡して』
デートまであと3日。返信はまだない。
次の日の夜、久しぶりにパブで一緒に働いていた先輩から連絡があった。
『やっほー、久しぶり! お仕事は順調かな?』
『お久しぶりです! 大変なこともありますが、なんとかやってます。今日はお店お休みなんですか?』
『ううん。やってるよー。マコちゃんが来てたから、連絡した。写真送るね。寝てるけど』
写真を見ると、確かにマコちゃんはあの賑やかすぎる空間で眠っていた。分かっていたじゃない、と心の中で自分を責める。お店に来る男にろくな奴はいないって。
『ええ!? マコちゃん!? 先輩、その人返信しなきゃいけない連絡既読無視してるので、起こして代わりに叱ってください!』
先輩は、わたしがマコちゃんを好きなことを知っている。
『今起きた。他にも送るねー』
お礼を言って送られてきたものを見る。動画には、楽しそうに歌うマコちゃんがいた。蔑ろにされている現実を突きつけられて、キツい。
『14:30~』
マコちゃんから連絡が来た。簡潔だ。
『分かったわ。楽しそうだね』
『うん。眠い』
『そうだよね、予約はわたしがしておくから』
『うん。眠い。眠い』
『眠いのは分かったから。ちゃんと布団で寝てほしいわ』
『眠い。寝る』
「はあ。……。……」
ため息をついた。きっと、告白して振られる、そういう道筋だと分かった。
仕事で忙しかったわけではないのだ。きっと。やりたい事が沢山あって、その中にわたしは入っていなかった、そういうことなのだ。
デート1日前。目が覚めたわたしは、集合時間と場所を決めていないことに気がついた。連絡しなくちゃ、そう思ったけれど、意地悪な気持ちが湧いた。
「マコちゃんから、気づいて連絡をくれてもいいじゃない」
気がついていないフリをして過ごしているうちに、夕方になっていた。
マコちゃんは気がつかない、そう結論付け、連絡をした。
『マコちゃん、集合時間と場所を決めてなかったわ。ごめんなさい。予約は14:30の回にしたけれど、どうする? 忙しいみたいだし、あんまり乗り気じゃないなら、また今度でもいいわ』
少し意地悪な文面かもしれない。けれども、いつもは数時間後に来る返信が、数秒で来た。
『え!? 全然楽しみだよ! 苺ちゃんさえよければお昼ご飯も一緒に食べようよ!』
意外な答えだった。これまでの行為と結びつかないけれど、案外乗り気なのかもしれない。
『分かった。何が食べたい?』
『パスタ食べよう、パスタ!』
『いいわ。それなら、○○駅に12:30でどうかしら』
その日、マコちゃんからの返信は来なかった。
当日になった。8時過ぎ、マコちゃんから連絡があった。
『返信し忘れてたみたいだ。いいよ!』
『○○駅に12:30ね。今日会ったらまず怒るから。そのつもりでいてね』
『分かりました』
あろうことかマコちゃんは、遅刻をしてきた。出る改札を間違えたと言っていた。酷い人だと思った。しっかり怒り、お昼ごはんを一緒に食べた。マコちゃんは、委縮したままである。
「ねえ、もう怒り終わったから、気にしなくていいよ」
「うん…。実は話したいことがあるんだ」
何だろう。このタイミングで話したいことが、わたしには思い浮かばない。
「うん。聞かせて」
「実は、昨日後輩から突然連絡が来て、一緒に遊んだんだ」
まずい、そう思った。その後輩が女の子だったら嫌だな、とか、わたしの連絡を無視して遊んでいたのね、とか、黒い感情が脳内を駆け巡った。
「それで、プール行って一緒に泳いで、カラオケ行って、めちゃくちゃ楽しかった」
「そうなんだ」
「うん、それで、結局後輩が家に泊まった」
「……」
「ぼく明日予定あるからダメだって言ったのに、半分無理矢理。で、結局そいつ朝何時に起きたと思う? 10時! 枕投げてたたき起こしてやった」
マコちゃんは楽しそうにその時の動画を見せてくれた。わたしの心は冷え切っている。
「それで結局そいつが家を出たのが11時過ぎ!その後準備したからぼくも出るのが遅れちゃってさあ、急いできたんだ」
考えるのをやめよう、そうしないと、マコちゃんの頬を叩いてしまいそうだ。
「そうだったんだ。大変だったね。でも、楽しかったんでしょ」
「まあね。いや~この話をずっとしたくてさあ。話せてすっきりしたよ」
「よかったわ。そろそろお店を出ましょう」
何が、すっきりしただ、馬鹿。わたしはマコちゃんに失望した。その後は覚えていない。プラネタリウムの内容も。気がついたら、駅のホームで電車を待っていた。
今日は、やめよう、そう思った。
「……。マコちゃん」
「何? 疲れちゃった? もうすぐ帰りの電車が来るよ」
「……わたし、本当は今日告白しようと思っていたの。でも、やめるわ。今度綺麗な景色に連れて行って。その時にするから」
マコちゃんは、無言でうなずいた。
なぜ、この日で会うのを終わりにしなかったのか分からない。けれども、次をお願いしたのはわたしだった。
2週間後、マコちゃんからお誘いがあった。集合場所と時間だけ告げられたけれど、おそらくスカイスリーであることが分かった。
当日は、あいにくの曇り空だった。スカイツリーの上から見る景色は、もちろん真っ白だった。ぼんやりとビル影が見えるだけで、前も後ろもよく分からない。天気ばかりは、変えられない。仕方がなかった。
「プラネタリウムを予約したんだ」
わたしは耳を疑った。前回行ったばかりだったから。さすがに理由を聞いた。
「リベンジ……的な」
全く訳が分からなかった。
夕飯に豚カツ定食を食べて帰路につく頃、わたしはマコちゃんへの気持ちを完全に失っていた。今日で終わりでいい、黙って帰って、連絡先を消去することにした。
しかし、世の中は上手くいかないものである。途中でマコちゃんが立ち止まり、わざとらしく言った。
「綺麗な景色、まだ見てないね」
そうしてわたし達はスカイツリーへ引き返すことになった。マコちゃんは、スカイスリーの見えるベンチで立ち止まった。
もう外が暗くなり、スカイツリーだけが明るく輝いている。
「どっちからでもいいんだけどね」
そう前置きして、マコちゃんは付き合ってくださいと続けた。
わたしは直ぐには返答できなかった。ごまかすように、両手で顔を覆っていた。
混乱していた。これまで男性に告白された時、わたしの胸には強い喜びが広がっていた。サプライズプレゼントを受け取った、そんな感覚。
けれども、今回わたしの胸に広がったのは、絶望だった。まだ、この苦しみから逃れられないのか、そう思った。
けれどもわたしが出した答えは、イエスだった。
現状を受け止められずにいた。はやく帰って、一人になりたかった。マコちゃんが記念に写真を撮ろうとしたけれど、今の心情では幸せな表情を作れない、そう思って映るのを拒否した。
駅へ向かう道、そして電車の中で、マコちゃんはこれまでの話をした。パブのみんなからわたしへの思いを聞かれて、全然好きじゃないと答えたこと、実際そうだったこと、友人に事情を話して、キープしている、女の子がかわいそうと言われたこと、とにかく悩んだこと、前回のデートできっとこれが好きなんだと思ったこと、わたしがあんなことを言ったから、前回告白できなかったこと、など、など。
電車を降りマコちゃんから解放されたわたしは、笑顔で電車を見送った。
「まじでクソだな」
なんの抵抗もなく、口から言葉が出た。
地獄がはじまった。
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