軽蔑と畏怖

苺ちゃんから明日の夜電話がある。

一週間ぶりに苺ちゃんから来た連絡に、僕は不安になっていた。

文句を沢山言われるのでは、そう感じて、結局20時過ぎに返信する形になってしまった。

苺ちゃんの愛情を確かめるための作戦が、別れ話、あるいは僕の過去を非難される結果を招かなければいいのだが。


30分後、苺ちゃんからのメッセージ。


『よろしくね~!』

よかった、明るい。それも怖いのだか。


それから一時間後、またメッセージが入った。


『思ったよりも早く帰ってきちゃったから、今夜でもいいよ!笑』

気がついたら、苺ちゃんに電話をかけていた。


『はい、佐藤です。あはは、急に電話かかってきて、びっくりした』

元気そうだ。衝動だったけれど、こちらから電話をかけてよかった。


「こんばんは。何かあったの?」


『うふふ。あのね、前の電話でね、わたし自分の感情を伝えてなかったなと思って、それでお電話したかったの。伝えていいかしら?』

なんだか怖い。ドキドキする。


「そうだよね。ちょっと大丈夫かなって心配してたよ」


『ありがとう。あのね、いつまでも悩んでいていいなんて言ったけれど、やっぱり衝撃的で悲しかったわ。だって、わたしに転勤の話をした時、会社の上司は彼女を連れて行ってもいいって言ってたとか、それなら親に挨拶しなきゃって話してたの、貴方じゃない。4月に旅行に誘ってくれたのも貴方よ。そんな貴方から、好きかどうか分からないなんて言われて、突然すぎてどうしたらいいのか分からないわ。マコちゃんとの予定を楽しみにしていたのに、無期限で取り上げられて、楽しみが全てなくなってしまったわ』

じわじわと嬉しさが胸を満たす。どうやら苺ちゃんは、僕のことが好きらしい。しかも、別れ話じゃなさそうだ。安心して、談笑することにする。


「うん。ごめんね」


『まあでも、貴方のほうが悩んで参ってしまっているし、わたしがしっかりしなきゃと思ったのよ。悲しんでなんかいられないわ』


「聞けてよかったよ。そうだよね、僕も言ったら苺ちゃんが泣いちゃうかなと思って言うか迷った」


『話してすっきりしたと言われたのも、ごめんなさい嫌な気分だったわ。わたしは楽しみを全て失ったのに、あなたはすっきりして。それなのに期限なく距離を置くなんて。全然すっきりしてないじゃない』


「うん。してないかも。僕この一週間で痩せたと思う。あんまり食べられなかった。でも話して、よかったと思ってる。今僕は、別れるか、結婚を前提に付き合うかの2択で悩んでいるよ」


『それは、ふふ、随分極端ね。でもマコちゃん、酷いわ。昨日の夜わたし、マコちゃんに振られる夢を見たわ。一言も文句を言えずに別れたわ』


「そうなんだ」


『大体マコちゃん、好きかどうか分からないなんて、彼女に相談する内容じゃないわよ』

何だろう。少しもやもやしてきた。


「どういうこと?」


『そういうのって、ひとりで結論を出して、お伝えするものじゃないの? 普通は。マコちゃんが常識にとらわれず自分で考えているのは知っているし、わたしはマコちゃんの自信があって自由なところが好きだから良いのだけれど、相談されてもされなくても、わたしは待つことしかできないわ』


「……。伝えたのは、前の彼女にそうやって突然振られたからなんだ。なんていうかさ、最後のチャンスもなく一方的に別れを言い渡されるのって、もう覆しようがないから、そうはしたくなかったんだ」

なんだか、僕が別れを決めているみたいなニュアンスになってしまった。


『それなら、わたしは今最後のチャンスを与えられているってわけね』


「いや、なんていうかな。そういう訳ではないのだけど。悩んでいるのは本当なんだ」


『やっぱりマコちゃん好きよ。普段も思っていたけれど、普通じゃない。自分で考えてるって感じがする』


「……普通じゃないって?」

やばい、傷付くことを言われるかもしれない。


『だって、彼女と会っている時にあんなにスマホを見るのも、連絡が一週間に1度のペースなのも、一緒にいる時にテレビや動画を優先するのも、好きな人にとる態度じゃないわ。わたし達遠距離なのに、集合場所が基本的にあなたの家の近くなのもね。好きな人に向ける態度としては、普通から外れているわ』


「そうかー…。分かってはいたつもりだけど、言われると傷付くね」

そんな風に思っていたのか。……いや、これらは全て苺ちゃんの愛情を確かめるための行為、作戦だったはずだ。どうして傷付く必要なんてない。


『ごめんなさい、貴方を傷つけたわ。でもね、何度も言っているけれど、わたしはマコちゃんの自由なところが好きなのよ。だから、普通なんて気にせずに、好きなように過ごしてほしいって思ってるわ』


「……。うん」


『……』

僕は、本当に苺ちゃんの事を好きなんだろうか。作戦は、本当にあくまで作戦だったのだろうか。好きかどうか分からない作戦は、終わりにした方がよさそうだ。


「いや…。これ、もう言った方がいいのかな…」


『なあに』


「……」


『……』


「……。…明るい話をしようか」


『そうだね。マコちゃんこの一週間で起きた良い事を教えて?』

危ない。今僕は、別れようと言おうとしていた。そんなつもりではなかったはずだ。そんなつもりでは。


それから適当に話して、そこそこ楽しい時間を過ごした。会話の合間合間で苺ちゃんはため息を漏らして落ち込んでいたけれど、大丈夫そうだった。


『申し訳ないのだけれど、いつまでも待つつもりでいるけれど、やっぱり待っているあいだはもやもやしているという事を伝えておくわ』


「うん。でも多分、あと一週間くらいで結論が出ると思うんだ」

嘘だ。本当はいつまでも悩んでいたい。おやすみと言って、通話を終了した。


「はあ……」

さて、僕は本当に悩んでいる。別れるか、否か。




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