イチゴジャム
マコちゃんから電話をもらって、明日で一週間になる。
世間話がどうとか、連絡は今まで通りみたいなことを言っていたけれど、マコちゃんからは一文字も連絡なんてなかった。
好きかどうか分からないと言われた時、特に驚きはしなかった。相変わらずしょうがない人だと思っていた。彼がわたしを特別好きではないことは普段の様子から十分すぎるほど伝わっている。とうの昔、それこそ付き合う前から。
わたしが興味深く思ったのは、好きではないという結論にマコちゃんが一人でたどり着かなかったことだ。
「…すでに出ている答えから、どうして目を背けているのかしら」
紅茶に口をつける。毎晩ひとりで紅茶を飲むのが、一番心地いい。
理解不能な現象は、本当に面白い。マコちゃんと一緒にいると、そんな事ばかり目の前に現れて、わたしは口角が上がるのを抑えられない。
わたしは、マコちゃんが与えてくれた「振られてしまうかもしれない」という状況を、大いに楽しんでいた。
昨晩なんて、マコちゃんにボロクソに言われて振られたのに、文句の一つも言えない、なんて内容の夢を見た。ワクワクしている気でいたけど、案外わたしも不安になっているのかもしれない。
「はじめから好意がなかったなんて、そんなこと言われて傷付かない女の子はいないものね」
あまりにもマコちゃんが参ってしまっていたから、満足するまで悩んでいいと返したけれど、我ながら大人で素敵な受け答えだった。6歳も上のマコちゃんを甘えさせるには、うんと大人な受け答えを選ばなくちゃいけない。
「もしかしたら」
マコちゃんから連絡が来ているかもしれない、そう思ってスマホを見るけれど、相変わらずそんなものは来ていない。この一週間、日に5回はこの動作をしている。
けれど、冷静に考えてそんな頻度で連絡が来るわけがないのだ。マコちゃんとは基本一週間に一度のペースで連絡を取り合っている。それ以上のペースになると、返信が異様に遅くなる。一日置かれて、返事が「うん」とか「了解」とか。
わたしはマコちゃんを愛しているから、彼のペースに合わせることにしていた。
彼の事を忘れて連絡をしないでいると、「元気?」「体調はどう?」なんて意味のない連絡が来たりする。
「はあ……」
ため息が漏れる。
満足するまで悩んだマコちゃんは、どんな未来を選ぶだろうか。
わたしは口角が上がるのを抑えられない。
次の日、上司と長距離移動中に話す話題がなかったので、マコちゃんの話をした。
「かくかくしかじかで、彼からの連絡を待っているんですよ」
「あ~でもさ、待たない方がいいんじゃない?」
上司は「あ~でもさ」が口癖だ。
「どういう事ですか」
「俺が思うに、それは二人とも愛がたりないね」
「そうですかねえ…」
マコちゃんをたっぷり愛しているつもりのわたしにとって、予想外の返しに、ワクワクする。
「俺は、佐藤さんの事は穏やかだし素敵だと思うけれど、正直男から見て、その彼氏は何やってんだって感じ。普通そんな話されたら別れるって言っちゃうもんじゃないの? しかも電話で。直接会いに来て話す内容だろ。電話で済ませる時点で、愛が足りないね」
「はあ…」
「あ~でもさ、佐藤さんも佐藤さんだよ。相手が参っていたから待つことにしたって、大人対応しすぎ。もっと怒りとか悲しみとか、ぶつけても良かったんじゃないの。ほら、感情って、衝動だから」
「うふふ。そうだったかもしれませんね。思い至りませんでした」
抑えきれず、笑いが漏れてしまった。
「なんなら突撃訪問しちゃえば? 思いっきりぶつけたほうがいいよ」
「ええ! さすがにそれは…。彼の家オートロックなので入れてもらえないと思います」
「まあ、そうだね」
「あ~でもさ、電話でもなんでも、そういう感情伝えた方がいいよ。もしかしたらさ、佐藤さんがいつも感情を表に出さないから、彼が不安になっていて、試されているのかもしれないよ。君が原因なんじゃないの」
なるほど。そういう考え方もあるのか。
「そうですねえ。明日の夜あたり電話してみます」
苦手な先輩に話してみてよかった。わたしが絶対選択しない考え方で、面白く感じた。悲しみと怒りを抱いた訳ではなかったが、一般常識的に抱くであろう悲しみと怒りをぶつけたら、マコちゃんはどんな反応をするだろうか。
今夜が楽しみで、わたしはお昼休み、電話する旨をマコちゃんにメッセージした。
仕事終わり、スマホを見ると、マコちゃんからの返信が届いていた。
『ええ、こわ……。分かりました』
口角が、上がる。
『よろしくね~!』
別れ話をするわけではないので、明るめに返信し、車のエンジンをかけた。
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