□3-4

  [ウノ6]


 目を開く。目を開くことができたことに驚く。

「天国、か?」

 あたりを確認するが、そこはまださっきまで俺のいた建築中のビルの中だった。

「文乃ちゃん……?」

 正面に文乃が横たわっていた。太ももには銃創があり、そこを中心に血が広がっている。

 サノが、この三十分でやったのだ。どうするかは分からなかった。だが、どうにかするだろうと、俺は心のどこかで感じていた。

「アメピン、気が付きませんでした……」

 俺は爪が赤黒くなっている人差し指をなめる。

「苦し紛れだよ」

「信用してるんですね、サノさんを」

「信用って言われるとちょっとちがうな。あいつもこの体がなくなっちまうと困るから必死になるってことを知ってるだけだ」

「二人ぼっちの運命共同体、ですもんね……」

 もう一度、この世界で自分の番が回ってきたことを素直に喜べないのはなぜだろうか。こういう時だけは、バカな自分が悔しくなる。自分でも自分の心が分からないのだ。

「サノさんが、メッセージを、残してましたよ」

 文乃が俺の背中側にある柱を指差す。そこには、ペンキで文字が書かれていた。

《文乃にとどめをさせ》

 その文字は、途中から震えていた。単純に怪我のせいでうまく文字が書けなかったのか、伝言を残すことをためらったのか、それは俺には分からない。

「そうか……」

 まるで自らの存在を知らせるかのように、ポケットでカチャリと金属音がした。手をつっこむと、中からは拳銃が出てきた。

「なんで教えたんだよ。文乃ちゃん……。俺バカだから、柱になんて気づかずにどっかいってたかもしんないぜ?」

 サノが柱に残した伝言の内容を、彼女は知っていたはずなのだ。

「なんか、疲れちゃったので……」

 文乃は覚悟を決めていた。ただぼんやりと、すべてをあきらめた様子で仰向けに横たわっている。

「俺はこういうことをためらわないようにできてるんだが、でも、なんだか、やっぱ嫌な気分だわ」

「そう言ってもらえて、嬉しいです……」

 文乃は大きく息を吸い込んだあとで、天井を見上げた。

「最後に、一つ聞かせてください」

「なに?」

「私は、この自分の才能が憎かった。嫌いだった。私を孤独に突き落としたものだからです」

「うん。みたいだな」

「ウノさんは、どうなんですか? 今、第三人格が急に現れて、それは人殺しで、そのせいであなたは犯罪者になってしまって、悔しくないんですか? その第三人格を憎らしくは思いませんか? 消しさってしまいたいとは、思いませんか?」

 照明が、文乃の瞳に反射して光る。まるで宇宙に浮かぶ惑星を小さくした宝石のようだった。

「第三人格がなにを思って、なにをしてたのかなんて知らねぇ。でもな、それでも、そいつもこの体の一部だ」

 俺がこの体の一部であるのと同じだ。俺が、人生の途中で生み出された人格だからと、それが不完全だからと否定されたくないように、第三人格のことも否定できない。その言葉は、自分に返ってくるのだ。

「あの水族館でバッキバキに俺の心は壊れた。だが、その破片を誰かにくれてやった覚えはねぇよ。第三人格も、あの屁理屈バカ野郎も、この俺も、全部ひっくるめて自分だ。もうこれ以上、勝手なやつらに、俺の一部は奪わせない。世界中の人間が気味悪がって否定しても、俺だけは俺を否定するつもりはない。多分、サノも同じことを言うはずだぜ」

 文乃の胸が深い呼吸で膨らみ、また元に戻った。

「あぁ、すごい。すごい人ですね。あなたたちは……。もっと早く……会えていたらなぁ」

 そこまで言いかけて、彼女は口を閉じた。

「じゃあ、おやすみな」

 俺は彼女の額に銃口を向け、引き金を引いた。

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