□2-8

   [ウノ5]


 瞼を開くと目の中に異物感がした。小さなゴミが入っているらしく、目をこすろうとしたが、右手を持ち上げると同時に左手もついてきた。

「なんじゃこりゃ」

 仕方なく二の腕で目をこすってからあたりを確認すると、俺の両手は結束バンドで一つに縛られていた。足も同様だ。胡坐をかくこともできず、俺は体育座りの体勢で、倉庫の中にいた。

「あーそういえば車ん中で縛られたなー俺」

「気を失っている間に、この建築中のビルに連れてこられたんです」

 すぐ隣から文乃の声がした。彼女も手足を結束バンドで拘束されている。

「気を失ってる間? 誰が」

「ウノさんが、です。あのパーカー男が怒って私に銃を向けた時、助けてくれましたよね。そのあとで頭を叩かれて……」

「えー全然覚えてねーな。記憶飛んじまったのかな」

「鉄砲の底で、思い切り叩かれていましたから……」

 外から男たちが会話しているのが聞こえてきた。その声のうちの一つは、橋の下に現れた大男のものだった。

「なぁなぁなぁなぁ。あいつらがあのー、なんだっけ、あの子を殺したわけ?」

「あの子、なんて呼ぶのはやめてください。 高峰星良、です!」

 文乃の怒りが混じった声がコンテナの中で反響する。拘束されていなければ、ビンタの一つでもされていただろう。

「なんでそんなに怒んだよ」

 文乃は俺の顔を、目を細めながら眺めた。

「あなたと無関係ってわけじゃないのに。名前も覚えていないなんて……。それは、腹が立ちます」

 文乃が自分の顔を、縛られた両手で隠す。

「やっぱり、あなたちはあの事件で、なに大切なものが欠落しているように見えます……。人を信じる心とか、思いやりとか……」

「まぁ、水槽の中で、一回頭ん中バッキバキに壊された結果、苦し紛れに生まれたもんだからな」

 かっか、と笑ってみせるが、それもまた空気が読めていない行為だったらしく、文乃がつられて笑うことはなかった。

「昔さ、アクチルが乱射事件を起こしたことがあったろ?」

「はい、覚えています」

「正直、その時俺、あんま驚かなかったんだよな。多分どっかで、そんなことするやつが出るかもなーって思ってたんだわ」

 アクチルが理解不能なことをするだろうなと、俺は理解している。 

「だから、アクチルが同じアクチルを殺し始めるってことも全然ありえるよな。アクチルがどんな理由でどんなことしようが、別に不思議じゃない」

 文乃の声に緊張感が走る。

「それは……、あなたの中の第三人格が、星良ちゃんを殺していても、不思議じゃないと言っているようにも聞こえます」

「うん! 俺の中の第三人格がアクチル殺しをしてた。高峰星良って子を殺した。って言われても、俺はそんなに驚かねーと思うわ。多分」

 文乃が唇を噛んで俺の顔を睨み付ける。それはトイレで俺の首をしめようとしていた時の表情と同じだった。

「でもな、俺からしたら文乃ちゃんも相当だと思うぜ? 隣の水槽で会話しただけの相手のために、殺人犯相手に復讐するってのもクレイジーだろ」

 文乃が表情をこわばらせる。俺の言葉が気に障ったようだ。

「ウノさんに、なにが分かるんですか。私は人に憎まれる才能を持って生まれて、ずっと自分の存在を否定されてきたんです! 親にだって、認めてもらえなかった!」

 文乃はセーラー服の裾をめくり、自らの腹部をあらわにする。そこにはミミズ腫れの跡が何重にも重なっていた。

「星良ちゃんとの約束は、私がやっと見つけた希望なんです。それがどれだけ私にとって大事だったか……!」

 入口の隙間から差し込む外の照明の明かりが、彼女の顔を半分だけ照らす。

「どうせ壊すんならよ。誘拐犯も、幸せになりてーとか、寂しいとか、苦しいとか、いいこと起きねーかなー、みたいな心も、一緒にぶっ壊してくれたらよかったのにな。俺のも、文乃ちゃんのも」

 文乃は拳をきゅっと握って、俺の言葉に頷いた。

「確かに、そうかもしれませんね……」

「おい、お前、そのセメントと水を混ぜとけ」

 外から声が聞こえる。いつの間にか、パーカー男と大男がコンテナの近く来ていたようだ。

「ボ、ボスに聞いてからじゃなくても、いいんですか? も、もうすぐ、来るんですよね?」

「どうせ二人とも埋めるだろ」

 足音が遠ざかっていく。

「誰か埋めるらしいぞ」

「私たちのことですよね。どう考えても」

 映画で建築現場に死体を埋めて処分してしまうというシーンは見たことがあった。まさか、自分が埋められる側になるとは思わなかったが。

「ウノさん、話はいったんここまでにしましょう。腕時計で、サノさんからのメッセージを再生してください」

 文乃に指摘されて初めて、自分が腕時計をつけていることに気が付く。

 俺は鼻を使って、再生ボタンを押す。すると、サノの陰気くさい声が流れ始めた。

『ウノ。今からお前には、外にいるやつらを制圧してもらう』

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