□2-6

  [文乃5]


 私とウノは橋から遠くない地下駐車場へと連れていかれた。その間、大男は周りの通行人からは見えないように、ジャケットで手元を隠しながら私の背中に銃を向け続けていた。銃口から伸びる、見えない鎖に縛り付けられている気分だった。

「乗れ」

 大男が駐車場の奥に停車していあるワゴン車を指差す。ウノは三列目へ、私は二列目へとそれぞれ座らされる。

「おい、こいつらを縛れ」

 大男の指示を受けたパーカー男が、車の座席に置かれたボストンバッグを漁る。その中から結束バンドを取り出して、ウノの手足を固定した。

「なぁなぁなぁなぁ、文乃ちゃん。今気が付いたんだけどさ」

「なんですか?」

「さっきさ、別に俺、文乃ちゃん見捨ててもよかったんじゃね? 文乃ちゃんって下手したら俺に復讐することになるかもしれないんだし」

 その発言に驚かない自分がいた。サノと違って、ウノは冷淡ではない。だが、周りの感情に鈍感な一面があり、決して愛情深いわけでもないのだ。無垢で無自覚な分、よけいに危うい。必要とあらば、人を殺すことすらためらわないような恐ろしさも感じる。

「かも、しれませんね」

「だ、だだ、黙れ。しゃべるなっていってんだろうが!」

 大男と合流してから打って変わって強気になったパーカー男が、ちぎったガムテープをウノの口にビンタするようにして張り付けた。

「次は、君、だ」

 パーカー男が私の座る二列目の座席へ戻ってくる。その際、ウノを拘束し終えて安心したのか、大男は運転席に乗り込み、パーカー男へ拳銃を手渡した。

「こいつらが少しでもおかしな真似したらこれ使え」

「や、やった! 先輩、ありがとうございます! 前から、もも、持ってみたかったんす。これ」

 パーカー男は拳銃を見せびらかしてから、私の腕を結束バンドで固定した。

「あなたたちは、いったいなんなんですか……?」

 パーカー男が口を開きかけたが、大男がそれを制止する。

「俺は今、お前ら二人をつれて来いってボスに指示されてるだけだ。お前らの質問にはなにも答えねぇ。だから、なにも聞くな」

 パーカー男は「だってさ」と呟き、結束バンドを手に、私の足元へともぐりこんだ。

「おぉう……」

 パーカー男は私の足首に触れたまま、恍惚とした声を漏らした。

「す、すごい、すすす、スカートに隠れててみえなかったけど……君、きれいな脚持ってるんだね……」

 男がじゅるじゅると口の中で唾液を吸い込む。

「俺、脚フェチなんだよ……。やばいよ、これは。始めて見たよ。こんなしなやかな最高の脚。一万人に一人の脚だよ、あーやばやば」

 唾液が割れるくちゃりという音がしてから、生ぬるいものが触れる感覚が脛に走った。パーカー男が私の脚を舐めたのだ。

「やめてください……!」

 蛇が這いあがってくるような不快な感触に、私は反射的に脚を振り上げる。脛の最も固い部分が、パーカー男の鼻骨へとヒットした。

「痛っ……! なななな、なにするんだ、なにするんだ、なにするんだ!」

 パーカー男は大男から受け取った銃を私のわき腹に押し付ける。

「おい、バカ落ち着け!」

「じっとしてなきゃダメじゃないかぁあぁ!」

「んっー!」

 後列の座席の間からウノの体が飛び出して、パーカー男を肩で突き飛ばした。

「ウノさん……?」

 口に貼りつけられたガムテープに、ウノの鼻息があたり湿る。

「この野郎……」

 体勢を立て直したパーカー男は、ウノの頭に拳銃の持ち手を叩きつけた。ウノはそのまま座席の上に倒れ動かなくなる。

「ななな、なめやがって! なめやがってぇえ! 見捨てればよかったとか言っといて結局それかよぉう!」

 パーカー男と、まったく同じ感想を私も抱いていた。体が勝手に動いたのか、先ほどの発言が嘘だったのか、今は確かめるすべはない。

「バカ野郎!」

 運転席から大男の拳が飛んできて、パーカー男の頬に命中した。

「先輩、でででも、見てくださいよ。これ、俺、鼻折れてますよ⁉」

「お前が余計なことするからだろうが、指示に従え。殺すぞ!」

「す、すいません……」

 パーカー男は袖で鼻血を拭きながら、今度は不必要なことはせずに、私の両足首を結束バンドで固定した。

 彼らはいったい何者で、自分たちはどこに連れていかれてしまうのだろうか。

 私の頭の中で、真実という答えが闇に埋もれていくのを感じた。

 発進した車は誰に止められることもなく、私たちを深まっていく夜へと運んでいく。

「星良ちゃん……」

 ガムテープでふさがれた口の中で私は彼女の名前を呟いた。

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