□2-4
[ウノ4]
目を開けると同時に、すぐ隣を大型トラックが通り過ぎた。足元がぶるぶると揺れたので地震が起きたのかと思ったが、よくみると俺は今、橋の上に立っているようだった。
「ウノさん、ですよね……?」
隣に立つ文乃が俺の顔を覗き込んでいる。
「ほかに誰がいるんだよ」
首を傾げたところで、三十分前の状況を思い出す。
「あ、これ、第三人格だぞー! って言ったほうがおもしろかったな。くそう……」
「ちゃんとウノさん、のようにですね」
俺が後悔しているのを見た文乃が、安心したような、どこか残念そうな複雑な顔をしている。
「文乃ちゃん。俺を殺すのやめたの」
文乃と二人そろって人通りのある橋の上に立っている。サノと取っ組み合っていた様子はない。
「やめたわけではないです……。ただ、誰に復讐するべきなのか見定めてからにしただけです」
文乃は表情こそ落ち着いているものの、目には、トイレで俺の首に手を添えていた時と同じように、煮えたぎる感情を秘めていた。
『今はとにかくパーカー男を捕まえようと追いかけてんねん』
「まだ捕まえられてねーのかよ」
『パーカー男の現在位置はその橋で止まってんねんけど、男の姿がないねん』
どうやって男の現在位置を探知しているのかは分からないが、俺が知る必要はない。
「ウノさん。時計を。サノさんが何か呟いていました」
文乃に促され腕時計を操作すると、息の切れたサノの声が流れ始めた。
『パーカー男はこの橋の下だ。捕まえておいてくれ。話が聞きたい』
「下ぁ? 川の中ってことか?」
横でメッセージを聞いていた文乃が、欄干に飛びつく。
「あ! 違います。川沿いにある道が橋の下にも続いています!」
のぞき込むと、確かに細い遊歩道が橋をくぐる形で設置されていた。
「よっと!」
欄干を飛び越え遊歩道へと飛び降りる。振り返ると、サノの言う通り、橋の下でパーカー男が体育座りをしながら震えていた。
「お前、ロックなヘアスタイルしてんな」
パーカー男が俺の声に驚き立ち上がる。しかし、焦りすぎたのか、ほどけた靴ひもを踏みつけてまた尻餅をついた。
「なななん、なんでここが……」
「俺も知らん!」
彼が自分のパーカーのポケットを漁る。そこから見覚えのあるスマホが出てきた。俺とサノのものだ。
「こ、こ、これか! これのせいかぁ!」
「あ! おいっ!」
パーカー男がスマホを川へと投げ捨てる。
「うわー買い換えたばっかだったんだぞ!」
『スマホの反応が消えてんけど!』
「スマホで居場所を調べてたのか。あいつが川に投げちまったんだよ。ありゃどんぶらこして、下流でスマホ太郎が生まれちまうな。でも、パーカー男は目の前にるからもう見失わねぇよ」
『捕まえられそうなん? なんかやばい感じの男やったみたいやけど』
「くくく、来るのだめだ! どっかいけよなぁ!」
パーカー男は足元に落ちていた空き缶を拾い、こちらに投げてきた。しかし、缶は、はるか右に逸れて、地面を転がったあと川の中へと落ちていく。
「お前、まさか……」
今度は、転がっていた石を持ち上げて、こちらへと走ってくる。俺は振りかぶられた石をよけて足を引っかけると、パーカー男は顔面から地面へと倒れた。
「めっちゃ弱いのな」
パーカー男は立ち上がることもせずに、地面の上で身をよじらせている。目には涙も見えた。
「うう……ダメだ、ダメだ。殺される……」
「いや、殺しはしねーって。ただ俺は、お前に話が……」
「ひゃっ……!」
背中から文乃の短い悲鳴がした。振り返ると、遊歩道へと繋がる坂道から、一人の男がこちらへと歩いてきていた。
「そこまでだ」
男は橋の裏側に頭を打ち付けてしまいそうなほどの大男だった。俺よりも頭一つ分背も高く、アメフトの防具を纏っているかのような筋肉が、スーツをパンパンにしている。
「俺の後輩をあんま、いじめねーでやってくれ。 お前もこの女がいじめられたら困るだろう?」
大男が文乃の肩を掴んで自分の前に押し出す。彼女の頭には、リボルバー式の拳銃が突き付けられていた。
「ごめんなさいウノさん。いつの間にか、この人が後ろに……」
文乃が自分に突き付けられた銃を横目に見ながら、声を震えさせる。
「仲間を呼んでたのか」
「先輩! おそそそ、遅いっすよぉ」
パーカー男が地面を這って、大男のもとへと移動する。
「この役立たずが! ボス、くそ怒ってんぞ!」
大男は手加減することなく、パーカー男のわき腹を蹴飛ばした。
「ごご、ごめんなさい。で、でもでも、こんなことになるとは思わなくて……」
「なぁなぁなぁなぁ、その銃って本物?」
警察官の腰にぶら下がっている拳銃と似た形をしていたが、黒いスーツに身を包んだ、あきらかにカタギではない人間がそれを持っているところを見るのは初めてだった。
「試してみるか?」
大男はにたりと笑って、文乃のこめかみに突き付けている腕に力を込める。
「え、見せてくれんの! 撃つとこ!」
大男は俺の反応に太り眉をぴくぴくと動かし戸惑った。
「そうしてやってもいいが、その場合、この女の頭が吹っ飛ぶぜ?」
「あー。そりゃまずい。分かった。いいよ、信じる信じる」
大男はにたりを笑いながら、文乃の頭に突き付けていた拳銃を、彼女のわき腹に向けなおした。
「さ、大人しく俺たちについてきてもらおうか」
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