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  [文乃2]


 指定された住所で待っていたのは、年齢こそ同じくらいだが、私とは真逆の見た目をした女の子だった。きらめく金髪に、短い制服のスカート、手首にはビビットカラーのシュシュ。いわゆるギャルファッションで着飾ったきらびやかな少女だった。

 さすが東京の女の子だな、と圧倒されていたのだが、彼女が話す言葉には、強い関西なまりがあった。

「ウノ。バカなことしてないで帰ってきぃや、次の味方希望者が来てんで」

 小茉莉は使い捨てマスクの中でそう呟いてから、耳につけていた小型のヘッドセットを外した。

「いらっしゃい。ここ分かりにくかったやろー?」

 彼女が寄りかかっていた門柱を親指で示す。そこには《空野小学校》と刻まれた古い看板がくっついていた。

「ほんなら、どうぞどうぞ」

 小茉莉が門柱の間に張られたロープを平然とまたぐ。

「え! は、入っていいんですか?」

「だってもうここ廃校やし」

「いや、廃校でも勝手に入っちゃまずいと思うんですけど……」

 小茉莉はずんずんと雑草だらけの敷地内を進んでいく。私はあたりを確認して、誰も私たちを見ていないことを確認してから、あとに続いた。

「かなーり前から廃校になっててんけど、なんでかずっとそのままでな」

 脇にあるさび付いたブランコに、全く手入れされていない花壇から伸びたツタが絡まっていた。

「ちょうどいいから、うちらの活動拠点、っていうか、たまり場にしてんねん」

 小茉莉は校舎の構造や、校庭に植えられている伸びっぱなしの樹木によって、周りから死角になっている教室があるのだと補足した。

「あ、あの、今さらなんですけど……。あなたが、なんでも屋さんの小茉莉さんで間違いないですか?」

「なんでも屋さんて。〝味方レンタル〟業な。まぁ、結果同じやねんけど、一生懸命考えた名前やねんで。これ」

「す、すいません……」

「でも、その通り。うちが窓口をやらしてもろてる七守小茉莉です」

 小茉莉がカーディガンのポケットに手を突っ込む。もともと短い制服のスカートが、カーディガンの裾で完全に見えなくなる。

「小茉莉さんって、もしかして、高校生……ですか?」

「せやで。スマホ中毒気味やけど、普通の高校生」

 小茉莉はカーディガンのポケットからスマホを二台ずつ計四台を取り出してみせた。情報収集用、連絡用、SNS用、などと一つ一つのスマホの役割を説明している途中で、私の不安そうな表情に気が付いた。

「あー、ちなみにあとからくるやつも学校は全然いっとらんけど、高校生やで。もしかして、うちらのこと、会社とか探偵事務所とか、そういうもんやと思ってたん?」

 実を言えばその通りだ。小茉莉との集合場所のやり取りをした際、メールの文面が軽薄だとは思っていたが、まさか自分と同世代の女の子だとは思わなかった。

「私、普段は石川県に住んでいて。先週この街に来たばかりなんです。〝味方レンタル〟の話も偶然会った人に聞いただけで……」

 私の話に相槌を打ちながらも、小茉莉は歩くのをやめない。扉の外れた昇降口をくぐりながら、校舎の中へと土足で入っていく。

「高校生だったなんて……」

 今から自分が頼もうとしている内容を考えたら正直帰ってしまいたかった。だが、ほかに頼れるものがないのも事実だ。

「えらい遠いとこから来たんやなぁ。ゆーて、うちも地元は大阪やねんけど」

「親御さんの都合かなにかですか?」

「いろいろあってな。誰もうちを知らんとこにいきたかってん」

 小茉莉がマスクの位置を整えてから、声色をさらにフレンドリーなものへと変化させた。

「ま! せっかく来たんやし、とりあえず、ちょっとくつろいでってや。すぐにあと二人、じゃなくて、一人も来るはずやし」

 通されたのは一階の教室だった。扉の上には《1ー3》と書かれた札が残っていたが、学習机や椅子は後方にまとめられていて、黒板の前には革張りのソファとローテーブルが並べられていた。どちらも新品だ。砂や埃にまみれていた廊下と違って、教室内は掃除も行き届いている。

 黒板にはチョークで書かれた《誰にも相談できないあなたに 味方レンタル》と、いう文字があった。

「さ、そこ座って座って」

 小茉莉は、本来教員用の机が置かれている箇所に置かれた冷蔵庫を開け、紙コップに麦茶をいれてくれた。

「冷たい。その冷蔵庫、電源が入っているんですか?」

「なんならクーラーもあんで。依頼人が報酬代わりに、使えるもん譲ってくれんねん。ちなみに、あのクマのぬいぐるみもそうや」

 小茉莉が指差した教卓の上に、右目が不自然に大きなクマのぬいぐるみが置いてあった。

「これな、実は監視カメラがしこまれてんねん。ちょっとバレバレやけど」

 小茉莉は、以前味方した、ストーカー被害に遭い困っていた女性から譲り受け、防犯のために使っているのだと自慢した。

 電気に防犯対策、彼女たちはこの廃校の教室を自由に作り替えているのだ。

 後方をうかがうと、並べられた机の上に布団が敷かれているを見つけた。

「ここに住んでるんですか?」

「いやいや、うちは普通に家に帰んで。ここはあくまで仕事場。公私は混同せん。あいつらは普通に面倒くさがってここで寝ることも多々あんねんけどな」

「そのお二人って、お付き合いされてるんですか?」

 小茉莉が、マスクの中で麦茶を噴き出す。

「な、なに、ゆーてんの!」

「す、すいません、だって、布団が一組だったから……」

 小茉莉がこちらに背を向けながら、マスクを新しいものへと変えた。

「ついつい複数形で呼んでまうねんなー。びっくりせぇへんように先に話しとくけど、

これからここに来るのは一人。せやけど、二人やねん」

「一人なのに、二人?」

「うん。灰土(はいど)ウノと灰土サノ。やつらは二重人格やねん」

 灰土。その苗字に、私は聞き覚えがあった。手に持っていた紙コップを落としそうになるのをこらえながら、私は尋ね返す。

「あの! もしかして、その方、アクアリウムチルドレンなんじゃないですか?」


   *


 二十分ほどソファで座って待っていると、ノックもなく教室前方の扉が開いた。入ってきたのは、私と同じくらいの年代の青年だった。

 髪の色素がうすく、全体的に銀色に近かった。だが、もみあげや襟足部分には黒い髪が残っている。意図的にメッシュをいれているのか、地毛なのかは判断が付かない。

「お疲れさーん!」

 彼は手を高く上げながら、大きな声で挨拶をした。校舎の外にまで響いて誰かに聞かれてしまわないか心配になるほどの声量だ。

「ウノ、頭のそれはなんやねん」

 小茉莉が、彼が頭にはめている輪っかになった風船の被り物を指差す。

「サービスだよ。依頼人にやるんだ」

 ニコニコ笑いながら被り物を自慢げにこちらに見せつけるウノは、陽気な大道芸人のようにも見えた。

「受け取ってもらわれへんかったら、持って帰ってきたんやろ?」

 ウノと呼ばれた青年は「そうなんだよなー」と口をとがらせる。

「焼き肉にも誘ったんだけど断られたわ。ありゃ味方レンタルの常連にもなってくれそうにねーなー」

「うちらの常連になろうなんてやつは、相当の物好きだけやで」

 ウノはどしんと向かい側のソファーに座ると、私に出された紙コップを鷲づかみにして口に持っていった。

「あ、それ私の……」と指摘を終える前に、彼は中身の八割を飲み干す。

「そんな報告より先にその子に挨拶しいや。失礼なやつやな」

「マスクで顔半分隠してるお前は失礼じゃねーのかよ」

「こんな顔面さらすよりましやろ」

「いや、小茉莉かわいいじゃん。なぁ?」

 同意を求められて私は頷く。マスクの下を見たわけではないが、目はぱっちとした二重で羨ましくすら思う。

「やかましい! ビジネスパートナーにそんなん言うなんて、セクハラや! セクハラ!」

 ウノに空になったペットボトルを投げつける小茉莉の顔は真っ赤になっている。

「マジでそう思うんだけどなー」

 ウノは真剣な顔をして首をひねっている。本当にお世辞でも茶化しているわけでもないようだ。

「んで、君が次の味方希望者?」

「は、はい、はじめまして。如月文乃っていいます」

「俺、灰土ウノ! よろしく」

 差し出されたのは左手だった。掴み返して握手をすると、肩が外れてしまいそうな勢いで腕を揺らされた。

「あの、その節はどうもありがとうございました……」

「ん? まだなんもやってないけど?」

「いえ、六年前のことを、私は感謝しなくてはいけないんです……」

「六年前?」

 ウノが首をかしげると同時に、彼の手首につけられた腕時計が震える。

「やべ、時間だ。文乃ちゃん、話はこれから出てくるやつにしてくれ。俺は難しいことはよくわかんねーから」

「え……?」

 ウノが目をつむる。そして、その瞼がもう一度開かれた途端、私の手を握る彼の手から力が抜けた。目の前にいてずっと手を握っていたはずなのに、私の本能は彼が別人になったことを感じ取った。

 ついさっきまでぱっちりと開かれて力のこもった目が、どこか、けだるげなものへと変わる。まっすぐに伸びていた背筋も曲がり、身長が縮んだようにも感じられた。

「あなたは……」

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