第28話 猫耳

 滝は自分の娘に顔を近づけて、舌を出した。

「ばぁ。パパでちゅよー」

 首が座ったばかりの娘は出生時は小さかったが、ふくふくと大きく育った。

「ユミちゃん、すっかり元通りの体型ね」

 那智は二人に呼び出され、『苺茶屋』にやってきた。

「そうなんですよ。お乳の出が良すぎて、食べても食べても痩せていくんですぅ」

「でもな、巨乳なんだこれが!」

 滝は嬉しそうに妻の胸を自慢する。

「羨ましいなぁ。私もそうなるかしら?」

「勿論ですよ。百パーセント保証します」

「ふふ。ところで、今日は?」



「内祝いです」

 ユミは鞄からのついた箱を取り出した。

「ありがとう。開けてもいい?」

 箱の中身を確認する。カチューシャに白いもふもふの三角耳がついている。

「代理アイドルをしてもらう為の、猫耳です」

「えっ!」

「私、この子が三歳になるまでは自分で育てたいと思っているんです。でも事務所が復帰しろってうるさくって」

「無理だよ!」

「でも那智さん、暫くフリーなんでしょう?」

 ユミはニンマリする。

「働く予定は、あるの」

「どこで?」

「ええと、秘書の依頼があったの。そうだこれ! カナダのお土産」

 那智はしどろもどろに紙袋を渡した。

「残念。でも猫耳はライブとかテーマパークでつけても楽しいから、是非使ってくださいね」

 ユミは鞄からピンクの耳を取り出して装着すると、娘をあやした。



 那智は二人と別れてバスに乗ると、ため息をついた。残る紙袋は東雲蛍への土産であった。

「だめよ、にっこりしないと……」

 ユミから貰った白い猫耳を取りだし、車内を確認する。自分以外乗客がいないのを確認して、着けてみる。

 外はすっかり暗く、小雨が降っている。窓に映る自分を見て苦笑する。

「なかなか似合うじゃない」

 スマートフォンを取り出してこっそりと自撮りする。右手にはミックがくれた金の指輪が、鈍く光っている。『Je t’aime』だなんて、あの父さんにも青春があったんだなぁと思い、くすっと笑う。それにしてもシンプルなリングだ、石のひとつでもつけてあげれば良かったのに。



 しばらくしてバスは地蔵前に到着した。折り畳み傘を広げて、紙袋が濡れないように注意する。

 インターホンを鳴らすと彼が慌てて出てきた。

「どうしたんだい?」

「無事帰国しましたのでお土産を」

 深々と頭を下げ、紙袋を差し出す。

「……ありがとう。良かったら入って」


 蛍は那智をリビングに通した。

「今夜はまた一段と可愛いね」

「えっ」

「その耳、流行ってるのかい?」

「ぎゃっ。違うんです、これはさっきユミちゃんがくれて、試しに……」

 あたふたと猫耳を外す。蛍は堪えきれず、腹を抱えて笑った。

「ははは」

「先生、酷すぎます」

 那智も涙目で笑う。

「外しちゃうのかい? まあ、無くても可愛いけどね」

「先生、そういうセリフは日本ではやめてください」

 那智は、はにかんで言った。

「そうなのかい? でも本当だからなあ」

「先生、飲んでます?」

「いいや、シラフさ」

「何か良いことがありました?」

「さっき宗次郎が電話をくれて、君が来ると教えてくれたからかなぁ。秘書を引き受けてくれるって?」

「いえっ。それは成り行きで……」

「違うのかい?」

「……先生は、私と一緒だと苦しくないですか?」

「ああ」

「帰国してすぐに、母のお墓に行きました。綺麗な仏花が添えてあったわ。先生は、まだ私の家族のせいで苦しんでいるのではないですか?」

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