第26話 彼女からの電話
「先生、本当は何しにここへ?」
権之助がいなくなると、蛍は仏壇に手を合わせたいと申し出た。
「昨夜これを見つけた」
蛍はポケットから取り出した銀色のペンダントトップを見せる。
「昨夜?」
「うん、今まで気づかなかった。これはあの時に?」
「はい。碁笥には神様がいるとおっしゃっていたのを思い出して、それならいっそのこと、運命を委ねてみようと思いました」
繋がりを持てば、彼は自分に会うたびに罪悪感に苛まれるかもしれない。だから渡す勇気がなくて、碁石の一番底に隠して別れを告げた。
「神様なんて、本当はいないのだろうと思うよ」
蛍は苦笑した。
「私ね、先生に会えたら伝えようと思っていたことがあるんです」
「何だい?」
那智はまっすぐに蛍を見て言った。
「先生は一ミリも悪くないんです。だから、もう私の家族の事は忘れてください」
深々と頭を下げると、蛍は飾り棚の絵画を見つめて言った。
「それは、出来ないよ」
「私はもう忘れたんですよ。時間って不思議ですね。盗んだ当初は憎かったこの絵も、今は純粋に美しいと思えるんです」
那智は笑顔で振り返ると、話を続けた。
「秘書のお話はお断りします。もしも先生のお心が軽くなったなら、その時お受けするわ」
*
「あいつ、そんなことを?」
滝は東雲家で遅い昼食をとっていた。二日酔いで頭が痛い。
「ああ」
「馬鹿なやつだな。母親の死を簡単には吹っ切れないだろうに」
「その通りだ。だから臨時の雇用のつもりだった。解雇に困っているようだったから、金銭面だけでも償いが出来たらと思ってさ」
蛍は、滝の着替えに自分の洋服を手渡した。
「お前も優しいやつだな。おい、ズボンの足が長すぎるぞ。クソ暑いんだから短パンを貸してくれよ」
その言葉に蛍は笑った。
「短かいのは甚兵衛しかないんだよ。裾を曲げたまえ」
「しょうがねえなあ」
その時蛍のスマートフォンが鳴った。
オルゴール音のムーンリバーが静かに流れる。画面に那智の氏名が表示された。
「……」
緊張で、手に汗が滲む。
「出ないのか?」
滝の言葉に深呼吸して、通話アイコンを押す。
「はい」
『那智です。今朝はありがとうございました。すみません、一つお願いを聞いて貰えますか?』
鼓動がうるさい。彼女が電話番号を削除していなかったことがこの上なく嬉しい。
「ああ、何でも言ってくれ」
『退職して時間が出来たらカナダへ行ってみようと思うんです。母の最期を知る人物に会わせていただけますか?』
「……わかった。僕も一緒に行く」
『いいえ、一人で行きたいの。先生はもう不戦敗しないでください』
「一人は危険だ。君、英語は?」
『一応、貿易商の秘書ですよ。カナダは初めてですけど、今はスマホがあるし、迷ったりしません』
彼女はきっぱりと言った。自分とは一緒に居たくないのかも知れない。
「そうか……では日程を教えてくれ。ミックに連絡をしておくよ」
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