第16話 記憶の写真
「それは……答えられない」
「なぜだ? 合法的手段で手に入れたのか?」
「ある人に、譲ってもらったのよ」
那智は嘘をついた。
「そんな説明で父さんが納得すると思っているのか!」
権之助は憤りを見せて右手を振り上げた。ぶたれる――瞬間、那智は目を瞑って歯を食い縛ったが、予測した衝撃は無かった。彼は震える手で彼女の肩を掴んで言った。
「頼むから無茶はするな。お前は父さんを置いていくなよ」
*
「先生、聞いていますか?」
坂口の胸の谷間のアップに、自宅のソファーに腰かけていた蛍は我に返った。彼女は冷ややかな目で見下ろすと、彼に戦績表を押し付けた。
「言いたい事はわかりますよね? 先生の稼ぎは私のお給料に反映しますから、勝ってください」
「あ、ああ……」
「収入が減るなら私は辞めますので、殻にとじ込もっていないで早く脱皮してください」
彼女はソファーに片足を乗せて、更ににじりよる。甘い香りにくらりとする。
「分かってる。だが君……これは逆セクハラ気味だよ」
蛍が苦笑すると、坂口はぽってりとした艶やかな唇を近づけて囁いた。
「私、女々しい男嫌いなんです。強引に秘書にして貰ったのは、その手筋に惚れ込んだから。忘れないでくださいね」
蛍は和室で一人碁盤の前に正座すると、水墨で描かれた兎と和尚が対局する掛け軸を見つめた。フランスに住んでいた頃、この掛け軸がたまらなく好きだった。自分が日本人であるという誇りが欲しくて碁の勉強に勤しんだ。
碁笥の蓋を外し、昔覚えた
「……神様なんていないじゃないか」
こんなに苦しいのに、打っても打っても何も変わらない。この窮地から抜け出す出口は見えてこない。苛立って
「……何やってんだ僕は」
自嘲して白石を拾うと、何かが脳裏をかすめた。
蛍は慌てて和室を飛び出した。リビングの折り畳み式の碁盤を引っ張り出して、テーブルの上に広げ、盤上に白い碁石を掻き出す。
「あった、これだ」
白石の中からUSBメモリを拾うと、パソコンの電源を入れて、深く呼吸する。パソコンが立ち上がると、中のファイルを確認する。
その写真は、数年前に絵画を譲り受けたタイミングで一度目を通した物であった。大切なデータであったので保管場所をすぐには決めかねて、ふざけて碁笥の底に入れたのだがすっかり忘れていた。
緑のベレー帽の吾郎爺と親しげに写る、割烹着姿の若い東洋人を拡大する。
「やはり……」
彼は呟いた。それは、会うことの叶わない愛しい人に良く似た女性であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます