天使は生者にタカる
緋色 刹那
天使は生者にタカる
生きることに絶望し、ビルの屋上から飛び降りようとしていた俺の前に現れたのは、天使の格好をした少女だった。中学生か高校生くらいの、背の低い少女だ。
頭の上に金の輪っかを浮かばせ、ワンピースのような白い服をまとい、背中には翼を生やしている。しかし輪っかも翼も作り物で、輪っかは頭につけたワイヤーで浮いているように見せかけていた。
「アンタ、死ぬの? だったら、アタシのお願い、何でも聞いてくれるよね? 金も時間も惜しくないでしょ? もう死ぬんだから」
「誰なんだよ、お前」
俺が鬱陶しそうに見ると、少女はとぼけたように答えた。
「アタシ? アタシは天使だよ」
天使を名乗る少女は俺の手を引き、ビルの屋上から地上へ降りると(翼は使わず、非常階段で降りた。やはり作り物のようだ)、俺の金を使って遊び倒した。
遊園地に行って、銀座で高い寿司を食って、若い子しか来ないアパレルファッションショップで大量に服を買って着飾った。
俺は両親のために少しでも残そうとしていた遺産を、こんな訳の分からない少女に散財されて、終始イライラしっぱなしだった。
対して、少女はとても楽しそうだった。他の若い子達と同じように、1日を謳歌していた。その笑顔を見ているうちに、イライラは鎮まっていった。
夜も更け、俺と少女はビルの屋上へ戻ってきた。眼下に広がる街の夜景は、砕いた宝石を散りばめたように煌めいていた。
ふいに、少女は「ありがとね」と礼を言った。
「アタシもね、ここから飛び降りて死んだの。家にも学校にも居場所がなくて、友達もいなくて、お金もなくて……将来に希望を持てなかった」
「……それはつらかったね」
同じように悩んでいる俺には、少女の気持ちが痛いほど分かった。
勤めている会社に居場所がなく、遠方にくらしている家族とも疎遠、友人もいなければ、お金もない……将来を悲観し、自殺を企てた。
少女は暗い面持ちで屋上のへりへ立ったが、「でもね!」と笑顔で振り返った。
「今日はすっごく楽しかったよ! 遊園地に行って、ザギンでシースー食べて、好きな服を好きなだけ買って……夢が全部叶って、満足!」
「そりゃ良かったな。お陰で、俺の財布はすっからかんだ」
「アハッ! メンゴメンゴ!」
少女は両手を合わせ、軽い調子で謝る。不思議と怒りは出てこなかった。
「お兄さんも悔いを達成してから死になよ。じゃないと、アタシみたいに成仏出来なくなっちゃうよ?」
そう言うと、少女は消えた。好きなことを好きなだけやって、成仏したのだろう。
俺には少女のような図々しさはない。だから、死んだ後に生者にタカるなんて大胆なマネは出来そうにない。
「夢か……」
頭に浮かんだのは、子供の頃に描いていた、夢のような夢。大人になって現実を見てからは、追いかけることすら諦めていた。
「やるだけやってみようかな。天使にタカられて、金はねぇけど」
俺は屋上を後にし、非常階段を下っていった。
自分の人生に満足いくまで、もう少し生きてみようと思った。
(終わり)
天使は生者にタカる 緋色 刹那 @kodiacbear
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