第6話 スキル
「ふむ、ふむ、天獄から追放、のう……」魔王はギルの説明を聞いていたが、一つ疑念を呈した。「するとこの男は元は神族という事になるが。神族は天使族の支配階級じゃぞ。それをおぬしの同僚とせよ、とは……」
「ご安心下さい、陛下」ギルは薄ら笑いを浮かべて言う。たとえ嘲笑の表情をしようとも、ギルはぞっとするほどに美しい。ダークエルフとは思えぬほどの色白で艶やかな肌、徹底的に理性的でありながら野性味のある眼差し、ほんのりと紅に染まった唇から吐き出される、死刑宣告と堕落への誘惑を同時に行う声。何もかも捨ててむしゃぶりつきたくなるような、細く優美な肢体。側にいるだけで人を狂わせそうな、蠱惑的な香りが漂ってくるようである。「それはこの男の【スキル】をご覧になってからどうかお決めになって下さい」
「こやつの【スキル】は、おぬしの【オーディン】を超えるというのか?」
「それはどうぞ見極めになられてから。ただ、一つ私に嘆願させていただけるのでしたら――陛下直々にお相手をお願いいたします」
「こんな男を陛下に相手せよと言うか!?ギル、貴様ァ!」
双魔鬼の兄、グラガがいきり立った。
ふふふ、とギルは典雅に微笑み、
「平にお願いできますのなら。万が一にも失望させるようでしたら、どうぞ私を一切の務めより罷免して下さい」
「……ギルよ、貴様は牢獄に放り込まれる覚悟があるのだな?」
弟のイルガは冷静に、だが怒りをもって問うた。
ギルはけろりとした顔で――、
「そんな覚悟なぞ全くありません。失望など何一つあり得ないと知っておりますので」
「うむ。ならば、この余直々に、【スキル】を確かめるとしよう……」魔王が玉座から身を乗り出した。
「な、何か凄く期待が重いですけれど、俺、頑張ります!」
Cはへへへと明るく笑って、両手を握りしめた。ギルははたと膝を打って、
「そうだ、流石に素手では可哀想です、棒の一本でも持たせても良いでしょうか?」
「棒!?――ガハハハハハハハ!」とグラガが大笑いしながら空間より転移魔法で長い鉄棒を引き出し、Cに手渡した。「これで、こんなもので、魔王様のお相手をするつもりか、ガハハハハハハハ!」
「あ、良かった」だがCはギルにしか聞こえないように――酷く冷静な声で、「ちょっと殴るくらいなら、たんこぶで済むもんなー。剣だと切っちゃって洒落にならないからさー」
ぺこりと一礼し、受け取った鉄棒が重たくてたまらならそうに、両手で握ると、床石の上にその先端を置いた。
準備が済んだ事を確認して、ギルは魔王へ目礼し、Cの隣を離れた。
「……行くぞ。【全魔法習得】発動!」
魔王の両手に凄まじい魔力が集まっていく。魔法耐性の無い人間ならば灰すら残さぬ火炎魔法を放つのだ。
「――フレア・ボム!」
それはCを直撃した。Cの回避行動すら間に合わず、見事に命中した。命中する直前で、Cが火球を鉄棒で受け止めようとした。そのささやかな抵抗は双魔鬼も目撃した。しかしこの魔力では、鉄棒ごと蒸発しているであろう。
「……そうか。【ジークフリート】――俺のこの世界での【スキル】だ」
魔法の爆発の中から聞こえたのは、さながら新しいオモチャを見つけた子供のような無邪気な声だった。
爆発が消えた。違う、『消された』のだと双魔鬼が気付いた瞬間には、もう間合いは詰められていて魔王の脳天を粉砕する勢いで鉄棒が振り下ろされていた。
――ゴツン。
しかし直前で勢いは緩み、軽く脳天を打っただけに終わる。かわりにミスリル鉱よりも硬く強い魔鉱石で作成されていた魔王の玉座は鉄棒の直撃により、ケーキをぐにゃりとフォークで割るように真っ二つに割れた。
「「――な」」
双魔鬼が息を呑んだ。
彼らが、魔王の配下の中でも最強の武人の呼び名高い彼らが、この攻撃を目視できなかった!?
ギルはふふふと声が漏れそうな唇に手をやって笑いを軽く抑えると、事前の約束通りにCに説明した。
「C、それが【スキル】だ。所持者はごくわずかに限られる、個性ある特殊能力。強さや便利さによってCランクからSSランクまで分類されていて、例えば陛下の【全魔法習得】は何も修練しなくても全ての魔法が使えるという【SSランクスキル】だ。ただ気を付けねばならない点は、【スキル】の使用は体力や精神力を削る所だ。つまり体力や精神力が限界になった時点で一切使えなくなる。また、【スキル封印】系の【スキル】を使われても使えなくなる。その場合は【スキル所有者】――【刻印者】を撃破するか【スキル封印】を解除させるしかない」
「他には?」Cは魔王の目をじっと見たまま、無感情に訊ねる。
「【スキル】は原則として【刻印者】一人に一つしか持てない。ほとんどの魂が複数の【刻印】に耐えられないからだ。……最後に、先程【スキル】にはランクがあると言ったが、ランクの高低は必ずしも当人の戦闘能力とは一致しない。使用方法、状況、内容によって全く強弱は異なる。――基本はこんな所だな」
「そうか」
……やっと魔王の目から視線を外して、Cは首を鳴らすと、ぽいと鉄棒を捨てた。金属音が静かな空間にこだまする。
「……」
魔王は絶句していたが、そのこだまが消えた頃にようやく言葉を発することができた。
この若造は魔王を殺すつもりだった。だが殺さなかった。いつでも殺せるから、殺さなかったのだ!
――とすると、魔王がすべき判断は、彼の忠臣であるギルの要望通りにこの若造を己の陣営に加えることである。最低でも、この若造を敵視することには彼への一切の利が無い。
「……よかろう、ギル。この者をおぬしの同僚として認めよう……」
「陛下のご英断、感謝申し上げます」
ギルは恭しくひざまずいて頭を垂れた。Cも、それに続いた。
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