第5話 呼称、『C』

「美味い!」

「何だこれ、美味い!」

「えっこれも美味い!」

「こんがり焼けていてもっちりしていて……最高だ!」

「スープが美味すぎてまた記憶を無くしそうだ……」

「肉が口の中でとろけちまった!」

「アイスクリームが衝撃的だ……美味いよおおお!」

散々食事を堪能した後、満腹になったアホが笑顔で、

「いただきました!」

とお礼を言った。

「お客さん食べたねー!」とルエが目を丸くして、「でも美味いって言いながら食べてくれるから、こっちもスッキリしたよ!」

「本当に美味しかったんだ、じんわりと、こう、腹に染みわたるような味で……」

贅沢な料理では無かったが、心を満たすような優しい味わいであった。

「へへへ、おっかあと作ったかいがあったな!」

自慢げに鼻をこすった妹の姿に、ははは、とギルが笑った。それから、

「まずは、お前の当座の名前を決めよう。何せ名称が無いと不便で仕方ないからな。……そうだな、『C』。取りあえずお前をCと呼ぶ」

「俺、Cね、分かった!」

「ではC。端的に現状について説明する」

ギルが右手を掲げると、投影魔法により色々な種族の一般的な顔や体型が浮かんだ。

「この世界には人間種と呼ばれる種族達と、俺達のような魔物種と呼ばれる種族達で別れている。エルフ族、ドワーフ族、天使族、人間族が人間種、ダークエルフ族、悪魔族、オーガ族、ドラゴン族が魔物種だ。この種族が世界に一つしかない大地のゲヴィン大陸に棲んでいる」

「ふむふむ」

今度は左手が掲げられた。世界地図が浮かぶ。

「リ・パラリア山脈が人間種と魔物種の国境線だ。人口比は8:2。人間種の方が圧倒的に多い。だが国土はそうではない。国土比は3:7、こちらの方が多い。もっとも、こちらの領土は高山地帯や砂漠、永久凍土のような過酷な地域がほとんどだ」

「それで、人間種がこっちに攻め込んでくるんだな」

要するに居住地域や耕作地帯、増えた人口に対応できる土地を増やしたいのだ。

「ああ。魔物種が平和に暮らせる土地は魔王国レブレグランドの中でもほんのわずか、一割にも満たないのだが、それを略奪するつもりだ」

ん?Cは疑念を呈する。

「じゃあさっきの勇者は魔王さんを殺しに来た刺客な訳?」

いや、とうんざりした顔でギルは首を左右に振った。

「人間種の国ヴィルバルド帝国の20年に一回の行事のようなものだ。勇者を送り出し、魔王を倒す事で人間種の戦意高揚に繋げる。……前回、魔王陛下は殺され、国境防衛戦は大敗北して領土が奪われた上、そこに住んでいた多数の魔物種が虐殺、あるいは奴隷として売られた」

Cはほんの少し考え込んだ。そして脳天気にこう言った。

「んー、じゃあ思いっきり戦意下げちゃえば良いじゃん。勇者一行をとっ捕まえて、人質にして、攻め込んできた人間達の前で惨殺。これでしばらくは勇者になりたがるヤツはいなくなる」

ギルは肯く。それは国防総省の長官としての使命感から、だけではなかった。もう二度と御免なのだ。大敗北や同胞の虐殺、奴隷売買は。

「是非に今回はやりたい。だが問題が一つある」

Cの青い目が冷酷な色を浮かべた。しかし彼は相変わらず脳天気な顔をしたままである。

「強さ、か?」

ギルはCの雰囲気の差違を不自然と感じていないようで、

「そうだ、勇者一行は桁違いに強い。魔法、物理、回復、全てにおいて桁違いなのだ。現魔王陛下やあの双魔鬼兄弟とて無事では済まないだろう」

Cは頭を掻いた。ようやくCの目付きが元通りになった。

「どうしたら良いかなあ……俺、ご飯も服も名前も貰っちゃったし、親友だって言われたし……何もしないのも嫌だなあ」

少しでも親切にされた相手がこれから受難に遭う。それを看過するのは、Cにとってあまり良い気持ちではない。

「……勇者一行にもはや説得の言葉は通用しない。死ぬ覚悟で来ているからな。既に国境防衛戦の準備はさせたが、前回の惨敗の思い出が拭えぬ兵士が大半だ。C、お前だったらどうする?」

意見を求めてきたギルに、Cは一つの案を示した。

「まずは俺が勇者一行を丸裸にしちゃえば良いんじゃね?」

「そうか」ギルの顔に悪辣な笑みが浮かぶ。「お前は記憶を喪失しても、【スキル】はやはり喪失していなかったのか」

「【スキル】?」

そりゃ何だ、とCが首を傾げた。

「体験がてら、説明しよう。魔王城で行いたい。C、付いてきてくれるか?」

「おう」

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