第3話 魔王軍の頭脳と、食欲

「待った」

とろけるように甘く優しいのに、遠くにも轟き渡る声がその場を一瞬で鎮めた。

「「こ、この声は!」」

勇者一行の顔に動揺が走る。大魔術師グレ・ダブがさっと魔杖カドゥケウスを握りしめた。いつでも魔法を発動できる戦闘態勢へ移行したのだ。この相手に対してまず放つべきは何の魔法か。防衛魔法である。

「私を覚えていないのか」

さっと風が吹いた――と思った瞬間、マント内ぶらぶらに肉薄して『魔王国の頭脳』こと、勇者一行を最も苦しめた相手が凄まじい威圧感を放って姿を現していた。無防備にも、勇者一行には背を向けて。

マント内ぶらぶらは、助かった!とでも言いたい顔で『魔王国の頭脳』に向けて、

「君、俺の事知っているのか?」目を輝かせた。「教えてくれ、俺は誰でここはどこなんだ?!……後、君は一体誰なんだい?」

「ああ、記憶喪失だったのか。この私を覚えていないなんて、友情の無いヤツだ何て薄情なヤツだと思っていたら、そうだったのか。お前の事だ、今は腹が減って堪らないだろう、いっぱい美味い飯を食わせてやるからこっちに来い」

「行かせんぞ!」とグレ・ダブが叫んでいた。「魔物種の貴様に、人間を誰が引き渡すか!どうせ美味い飯というのはこの若者の事だろう!」

くるん、と軽やかに『魔王国の頭脳』は身を翻して、勇者一行をつまらなさそうに見た。

「私に食人趣味は無いし、そもそも魔物種は本来の生態的に人間を食わないと何度説明したら納得するんだ。魔術で魔物種が『悪化』させられた場合だけだ、無差別に生物を襲うのは。勇者一行、ヴィルバルドの皇帝にたき付けられたからここまでやって来たのは結構な事だが、魔王陛下も魔物種も人間の国に攻め込もう、ましてや支配しようなんて全く考えていないからな。この数千年間、リ・パラリア山脈を超えて領土を広げるつもりは皆無なのだ。いい加減にそちらの侵略行為を止めてくれ、都度対応するのも鬱陶しい。『人間様』の傲慢にはいい加減飽きてきたよ」

「何だと!」

反射的にウーラナが得物を振り回そうとしたのをオルランドが素早く抑えた。

「待て!コイツの言葉に耳を貸すな!今は彼を守るんだ!」

「え、えーと」とマント内ぶらぶらが恐る恐る、しかし目を期待にキラッキラに光らせて、「デザート、付いてくる?」

「勿論良いぞ、ユトラシア天氷山から運ばせた天然氷で冷やしたアイスクリームはどうだ?」

ぐるぐるぐきゅううううう~。

間抜けな空腹音が鳴り響いた。勇者一行からまた気迫が失われた。

「アイスクリームって……何だ?美味いのか?」

「美味いぞ、冷たくてとろりと口の中で甘く広がる」

マント内ぶらぶらは即答した、

「君に付いていくからアイスクリーム、食わせてくれ!」

「ああ、その前に服をやるからそのマントを返してやれ、格好から見るに女戦士から借りたんだろう?」

ぱっと『魔王国の頭脳』が空中に手を突っ込むと、マント内ぶらぶらにぴったりのサイズの衣服を引っ張り出した。

「服までくれるのか、お前、ありがとうな!」

マント内ぶらぶらは服を着用し、マントを折りたたんでウーラナに差し出した。

「本当にありがとうございました!」

ウーラナは黙ってマントを取った。

――もう、こんなアホ、どうなろうがこっちの知った事か!

アホは『魔王国の頭脳』と仲良く並びながら歩いて行く。

「で、俺って誰なの?」

「私の前々前世からの親友だ。と言っても記憶喪失だから、まず私が誰か分からないだろうな。私はギル、ギル・バレンティン。ダークエルフの母が付けてくれた名だ。魔王陛下の元、国防総省の長として基本は国境防衛と情報収集を主に担当している」

「ギルは何で俺の事知っているの?国防総省のトップだから?俺どこから来たの?」

「いや、もう例えるならば――俺とお前は、天地開闢からの悪縁で結ばれているようだ。記憶喪失に加え、お前は天から降ってきたそうだが……おおよそ天獄から来たんだろう」

「何それ」

「おいおい説明する。まずは飯だ」

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