第2話 雰囲気クラッシャー
もはや、死闘もクソもあったものでは無い。
この変態一匹が天から災難のように降ってきた所為で、勇者と魔王の最終決戦が台無しである。
「……」女戦士ウーラナが眼前の見苦しい変態に苛立ち、羽織っていたマントを脱いで投げつけた。
「ありがとうございます!」ド変態は大喜びでマントで全裸を隠した。「助かった、俺の尊厳が助かった!」
そんなもの、ぶらぶらの時点で既に死んでいる。
一同、突っ込みたい衝動を再度耐え忍んだ。
「あ、あの俺、お礼がしたいんですけれど、どうしたら良いでしょうか!」
まるで大きな犬がご主人様に懐くような、そんな笑顔をしてマント内ぶらぶらはウーラナに話しかける。
「……っ!!!邪魔をするな!」
ウーラナがついに激昂して形相を歪めたのを誰が責められよう。
ここまで命を賭けた戦いを繰り返して己を鍛え上げ、パーティの仲間を信じて信じられ、苦難の旅の果てに魔王城に到達し、魔王とその配下といざ尋常に――と言う所でこの微妙に空気を読まない変態が不意打ちで登場したのである。
これから死闘の果てに己は死ぬかも知れないし、良くて重傷、後遺症だって運が悪ければ負うかも知れない。それを覚悟の上でここまで来たのだ。この仲間のためなら、魔王を倒すという目的のためならば、死んでもいいと思ってここにいるのだ。
それを笑顔で邪魔された、この不快感と激怒たるや。
「貴様がどこの誰かは知らないが、私達はこれから魔王を倒すのだ!断じて邪魔をするな!とっとと尻尾を巻いて逃げろ!今度邪魔をしたら貴様から殺してやる!」
「あ」マント内ぶらぶらはそこで愕然とした。やっと事態を理解したか、とウーラナが少し鼻を鳴らした瞬間。「俺は一体誰なんだあああああああああああああああああ!?」
「待て、ウーラナ」オルランドが聖斧タイタンをかざして襲いかかった仲間を咄嗟に止めたのは、勇者の矜恃とこれまで仲間を率いてきたリーダーシップの賜物である。
「だが!」といきり立つウーラナに大賢者のハイエルフ、サルバナが話しかけた。
「落ち着きなさいよウーラナ、あれはどう見ても人間種です。魔物種には見えません。恐らく落下の衝撃で頭を打って、記憶を無くしたのではないかしら。既に場の空気は決戦どころではありませんし、ここは日を改めましょう。――これで良いかしら、魔王!」
「ううむ」と考え込んだ魔王だが、マント内ぶらぶらのうるうる涙目と腹心の配下である双魔鬼の『我らはどうしたら良いのでしょうか』という哀願の眼で見つめられてしまった。「……良いだろう、明後日にこの続きを――勝敗を決するとしようぞ」
「何か、あの、本当にすみません……」
うるせえ黙れ変態。そう言いたいのを一同はかみ殺した。
魔王城デルフィンデライの城下町は大騒ぎになってしまっていた。
今日決着が付くはずであった勇者一行と魔王との死闘が、ちん入者の所為で延期になってしまった!
一体どんなちん入者だ。ガヤガヤと人波が一目見ようと道の両脇に押し寄せた。
そこで彼らが見たのは、空よりも海よりも深い青の髪に氷湖のように澄んだ青い目のマント内ぶらぶらであった。
怒号が発生したのを、群衆の所為には出来ない。魔王と勇者の死闘を止めてしまったのだ、きっと強大な力を持った者だろう、最低でも恐ろしい外見と怪力を誇る双魔鬼の片方には匹敵する者に違いないだろう――群衆がこっそりと期待したのも、無理からぬのだ。
すみません、を小声で連呼しながらマント内ぶらぶらは勇者一行の最後尾をとぼとぼと歩いて行く……。
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