[3]


 そこは、機能的には応接室と事務室を兼ねたような、モノトーンの部屋だった。

 壁紙や床は白。家具の類はすべてが黒を基調としている。グレーでさえ見当たらない、二色の部屋。


 もう少し詳しく描写するなら、部屋の中央には三人掛けの黒革のソファが二つ向かい合って置かれ、その間に黒を基調としたガラステーブルが設置されている。

 すべてのブラインドが下ろされた窓の側には、書類仕事用だろうか、黒いデスクとゆったりとした黒いオフィスチェアが据えられているが、デスクの上にはパソコンはおろか書類の一枚も見当たらず、無造作に置かれた数冊の単行本だけが鮮やかな色彩を持ち、奇妙に浮いて見えた。

 影法師さんが入っていった衝立の向こうには給湯室でもあるのだろう、カタカタと物を動かす音や、水道の音が聞こえてくる。

 あとは入口と対角線上にドアが一枚。どこに繋がっているのかは、当然ながら知るよしもなかった。


 ……などと促されるままに座ったソファから観察していると、影法師さんはお茶道具を一式、お盆に載せて持ってきて、ガラステーブルに置いた。


「ティーバッグの紅茶で恐縮だがね。好きなのを取ってくれたまえ。オススメはピンクのダージリンかな。ミルクも使いたければどうぞ。ああ、砂糖が欲しければこの缶に入ってる。お菓子は適当につまんでもらって構わないから」


「……ありがとうございます」


 あまりに至れり尽くせりなので、遠慮するのも悪いかと思い、勧められるままにダージリンの封を切る。お湯は影法師さんが注いでくれた。


「きちんと紅茶に向きあうつもりがある人間は、事前にカップを温めたり、お湯の温度を調節したり、蒸らすための蓋を用意したりするらしいのだが、君はこだわりがあるかな? 僕はそのあたりがどうにもズボラでね。


 ああ、お湯はこの通り共用だ。怪しげな薬など入れていないからご安心を。

 ……こういう説明はむしろ不安を煽ってしまうかな?

 いやあ、女子高生と話すのは久しぶりでね。それが君のような可愛い少女だとついつい饒舌になってしまうな。


 ……ちなみに君は『ここまで服装やら家具やら黒で統一してるのに、飲み物が紅茶の意味がわからねえよ! コーヒーだろ普通!』という意見についてどう思う?」


「好きにしたらいいと思いますが」


 思ったままに答えると、影法師さんはプッと吹きだし、そのまま歯を見せて笑った。


「あっはっは、いいね。実に心地よい返答だ。いやね、僕は実にもっともな意見だと思い何度かチャレンジしてみたのだが、飲んだ後の、口内にモヤが残るような感覚がどうにも好かなくてね。君はコーヒー派かな? それとも紅茶?」


「緑茶が好みです」


 それを聞いて影法師さんはまたひとしきり笑うと、自分のティーバッグをジャンピングさせながら言った。


「改めて、というかそもそもしていなかった自己紹介といこう。

 僕は宗像九郎。

 現在この探偵事務所に所属する唯一の人間だ。よければ君の名前を教えてもらえるかな?」


「……真名、ひいらぎです」


 大人しく本名を答える。採用志望というていで座っているのだ。偽名を使うのも失礼な話だろう。


「真名君、か。見たところ、朱星女子の生徒さんかな?」


「はい」


 これも着ている制服からわかることだ。素直に肯定する。


「ふむ、なるほどなるほど。……そのメガネは度入りかい?」


「……そうですが」


 意図の読めない質問に、困惑しながらも肯定すると、宗像さんは嬉しそうにウンウンと首を縦に振った。


「真正のメガネっ子か。実にいいね」


「…………」


「ええと、すまない。真名君の警戒心を解くための小粋なジョークのつもりだったんだ。おもむろにカバンを持って立ち上がるのは、もう少し待ってほしい。

 もしこのまま別れたら、僕は女子高生とメガネっ子が好きなだけのただの変態になってしまう。SNSにでもあげられて拡散されたら、僕の社会的信用は地獄落ちだ。ぜひともまだワンアウトということで勘弁してほしい」


 申し訳なさそうに釈明する大人の姿に、仕方なくソファに座り直す。宗像さんはわざとらしいくらいにホッと息を吐いた。


「いや、申し訳ない。実はここ数年、そもそも人と話す機会が少なくてね。会話における距離の取り方を失念している感がある。

 ……さて、これ以上場を盛り上げようとすると、どうにもボロしか出さない気がするし、本題に入ろうか。

 あの募集について。

 採用希望、という話だったと思うが、そもそもあの張り紙を見ただけでは、仕事内容も何もわかったものじゃなかったろう? あれについて正確に伝えるためには、今この事務所が求めている人材について話さないといけない。少しばかり長くなるがいいかな?

 ……では説明させてもらおう。

 結論から言うと、募集しているのは、僕の話し相手になってくれる人なんだ」


「ツーアウトです」


「ちょっと待った。判定が些か厳し過ぎないかな? コミュニケーションには少年野球の審判くらいの大らかさが必要だよ。

 これは真面目な話なんだ。理由説明をするからもう少し待ってほしい。

 ……信じられないかもしれないが、僕は名探偵でね。何と起こった事件の犯人が、一目でわかるんだよ」

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