クズ男が悪いのか、バカ女が悪いのか

@Miriam

第1話

「愛しているわ。」

「ああ、オレも愛しているよ。」


二人の立場と二人のいる場所を考えれば、それは余りに平凡な言葉だった。

しかし女は、男が言葉と一緒に取り出した指輪を見て目を輝かせ、指輪が自分の薬指に収まったのに熱っぽい吐息を漏らした。

それが何を意味するのかも知らずに。



***アルバレアの街の郊外***


「おおっ、これが異世界か!」

「好き勝手にやっていいんだよな?」

「バッカ、神様がそう言ってただろ! チートも貰ったし、やりたい放題だ!」

「あそこに街が見えるぜ。 早速行ってみようぜ。」

「女がいるかな?」

「エルフだよ、エルフ! 五人は奴隷にしたいな! 百歳ぐらいなら見た目ロリなんだろ?」

「合法ロリキター!!」

「これからは俺たちが法律になんだよ! チート持ちの異世界の勇者様なんだからな!」

「ありがとう神様!」

「ムカつく奴はぶっ殺そうぜ!」

「早く行かないと先を越されるぞ!」

「よーっし!」

「ヒャッハー!!」


最初の数十人が異世界召喚ボーナスとして手にしたチートをそれぞれ発揮して、風のように目の前の街へと走り去る。

その後ろの巨大な転移門からは数千人、数万人が途切れる事なく異世界からこの世界へと現れて、同じく目の前の街を目指して殺到する。


数時間後、エルフの里との交易で栄えていたアルバレア、人々が「麗しの」と形容した街はこの世界の地図から消えた。

建物は瓦礫と化し、いたるところから火の手があがり、少し前まで聞こえていた女の悲鳴や子供の泣き声も途絶えた。


*********



人口数千人の街に対して数万を超える暴徒、いやチート持ちの勇者の前には、抗う事など不可能で、逃げる時間すら無かった。

街が破壊され、住人が面白半分に殺され、女は犯され、焼き尽くされるのを見ていた男は、ひとり満足気に頷いた。


「よし、テストは成功だな。 やっぱり検証ってのは大切だよなあ。」

「や、やめて、やめてよう! 何でこんなひどい事するの!?」


「オレさあ、困ってるんだよ。 オレの事が好きなら助けてくれるよな? 恋人だったら当たり前だよな?」

何とか立ち上がって、目の前で繰り広げられる惨劇に半狂乱で縋り付いてきた女を強く払った。


男の言葉には、まだ多少なりともなだめすかす響きがあった。

しかし今までの長年の付き合いの間、男からは優しい言葉と愛情しか与えられていなかった女は、それを予想も出来ずに床に打ち付けられるように倒れた。


「こんなの、こんなの酷いよ! やめてよ、お願いだからやめて!」

「すぐに終わるさ。 そこでじっとしてろ。」


愕然としながら女が再び起き上がり、それでも止めようとしながら必死にかけた言葉の返答は、女が初めて見る嘲りの笑いと酷薄な言葉だった。

自分の力が急激に抜けていくのに立っていられなくなり、それでも顔を上げた女の眼に映ったのは、自分の世界の千を超える場所に設置された巨大な転移門から出てくる、数億人の異世界の勇者だった。



***エベンジア王国 王城***


「状況を知らせよ。」

「はっ、最後の魔導通信によりますと、数えきれない程の見た事もない敵が現れたと事です。」

「敵は一か所ではありません。 最低でもクランベル、バストゥレスク、ユーセル、ハンメルダークの各都市からも救援要請が来ております!」

「まさか、古の魔王が蘇りでもしたというのか?」

「フォルダール帝国の侵略ではないのか?」

「あの国がこんな兵力を持っているとは調査部から報告は来ておらん!」

「もっと詳しい情報はないのか。 続報はまだか!?」


王の政務室に集まった宰相や大臣に向けて伝令からの報告が入り、宰相や大臣から様々な憶測が乱れ飛ぶが、もちろん誰もが本当の事態を把握はできない。

そして何かが決定されるより前に、爆発音と共に王城全体が激しく揺れた。


衝撃でガラス窓が全て破れ、壁の破片がバラバラと飛び散って降り注ぐ中、バルコニーに飛び出して王達が見たのは燃え盛る王都と、頭上から自分達に向けて落ちてくる巨大な火の玉だった。

何が起こったか知る間もなく、その場の全員が城と共に消えた。



***辺境の開拓村***


「チッ、なんで俺らはこんなシケた田舎なんだよ。」

「だからさっさと行こうぜ。」

「まだよ。 あのババアの顔、まだ何か隠してるわ。 宝石かも知れないじゃない。」

「おーい、そっちは終わりか?」


まだ二十歳になるかならないかの若い女が欲に染まった眼で、死なないように加減してナイフを老婆の体に突き立てて、金目の物のありかを吐かせようとしている。

この家の最後の生き残りの老婆の両手に指は残っておらず、放っておいても失血死するだろうが、その前に必要な事だけ聞けばいい。


「ああ、生意気にも何人か抵抗しやがったが全員ぶっ殺してやったわ。 抵抗した奴ら、魔法を撃ってきたからあれじゃね、ほら、ゲームとかラノベとかで出てくる冒険者ってやつ。」

「おいおい、殺したらそれで終わりじゃんかよ。 もったいない事すんなよな。」

「女残ってないのかよ。 俺らまだヤッてないんだぜー。」


楽しそうに言い合う男らの声に、自分や他の大人が命がけで逃がした女子供が全員殺されたと知った老婆の体が跳ね上がった。

「全員殺したじゃとっ!? 女子供をか!」

「わっ、何だババア、びっくりするじゃないか。 ふざけやがって!」


死にかけの老婆にみっともなくビビった自分をごまかすように、女は必要以上に強く老婆の顔を殴った。

老婆は全身の傷から大量に出血しており、既に体の痛みも口の中を満たす鉄の味も感じなくなっていたが、怒りが消えゆく命の最後の一滴を燃え上がらせた。


「悪魔どもめ、地獄に落ちろ!」

「うっせえんだよババア! 死ね!」

「ウグッ!」


しかしそれには何の意味もなく、女が容赦なくナイフを老婆の胸に突き立てた。

この村の人間は一人残らず殺された。



***聖都シュレスヴィヒ***


「お助けください!」

「ああ、イルティナ様、どうかお助けください!

「どうか、敬虔なあなたの子にお慈悲を!」


この世界の創造神である女神イルティナを信仰するイルティミスト教、その総本山を中心とした聖都シュレスヴィヒは混乱の極みにあった。

街の外縁部分にあたる市街地の半分は炎に包まれ、そこから法王の住まいでもある総本山へと逃げる数万人の市民で辺りはごった返しており、身動きすら取れない状態だ。


燃え盛る市街部には既に侵略者が押し寄せており、教会の神官が総出で展開している守護結界がその攻撃を防いでいる状態だ。

日頃は権謀術数をめぐらして権力争いに明け暮れている枢機卿に、その派閥に従う大司教や司教も今日ばかりは教義そのままに、力を合わせて守護結界に魔力を注いでいる。


女神イルティナの声を聞くことが出来、しばしば直接に啓示を受ける事すら可能と言われている法王の姿はその場にはなく、教会の心臓部である「女神の子宮」と呼ばれる部屋にいた。

しかしありえない事態に法王の顔には玉の汗が浮かび、バルコニーから数万の信徒に手を振る時はもちろん、親しい者達にも見せた事のない狼狽の表情が浮かんでいる。


「イルティナ様、お答えくだされ。 今こそ貴女様のお力が必要な時です。 貴女のいとし子が、敬虔なしもべが危機にさらされております。 お答えくだされ!」

恐らくその真摯な祈りは、法王の長い信仰生活の中でももっとも真剣な祈りだったであろう。

だが、その呼びかけに女神が答える事は最後までなかった。


「法王様はまだお戻りになられないのか!?」

「イルティナ様のご加護は!?」

「北東の守護結界が弱まっているぞ! 急ぎ神官を増員せよ!」

「既に増員しております! しかし守護結界が弱まっています!」

「何かおかしいぞ!?」


法王が生涯で初めて絶望に顔を歪めて床に崩れ落ち、現場の枢機卿や神官達の必死の努力を続けるも、北東の守護結界が破られた。

そこからたちまち火の玉や雷撃、氷の槍が空から降り注いで来て、すぐ後には勇者としての力を得た数万人が押し寄せてきた。


最初は教会に入り切れなかった市民、次は教会の中で身動きできない程に集まった市民、そして枢機卿や神官のいる祈りの間、最後は法王のいる「女神の子宮」。

その全てが破壊され、全ての者が殺され、全てが略奪された。



***この世界の神界***


「ど、どうして、こんな……」

「いやー、オレ自分の世界でさあ、五十万年ぐらい前に進化のパラメーターの設定ミスっちゃってさあ。 それだけならまだ何とかなったけど、今度は一万年ぐらい前にもカルマのステータスの設定をミスっちゃってさあ、オレの世界の奴らはモラルがない化け物ばっかりになっちゃったんだよね。 あれは痛恨のミスだったわー。」


男神の送った指輪には、女神の力を異世界から転移されてくる数十億人にチート能力として分け与える神呪が刻まれていた。

それに女神としての権能を全て削られて、女神イルティナはいまや人間と同程度の力しかない。


そして自分を信じる民の信仰心を、神力としてイルティナに送る教会は破壊された。

数万年の間、自分を騙し通していた男神の本当の表情を、倒れたまま見上げるしかできない。


「それでさー、あと千年ぐらいしたらさ、上級神から監査があるじゃん。 オレこの前も注意食らったし、今度また注意食らったら降格なんだよね。 だからイルティナの世界を使わせてもらう事にしたって訳。 あー、心配しなくても監査が終わったら返すから。 教会は潰したけど、残りの世界の半分には転移させてないし、あいつらにも今から啓示を与えて皆殺しにしないようにさせるからさ。」

ヘラヘラと笑う男神だったが、もはやイルティナには何もできない。


「ほら、今度監査に来る上級神は戦いが好きだからさ、世界を二つに割っての大戦争とか大好きだし、喜んでもらえると思うのよ。 何て言うかな~、何千年も戦い合ってる緊迫感のある世界っていうやつ? あいつは単純な戦バカだし、ゴマするのも簡単だから助かったわー。 オレが出世したらイルティナも嬉しいだろ?」 

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