目が覚めたら裸になっていた件

 嫌な感触が全身を包む。チクチクとした痛みだ。

 かなり重たい瞼を開けると鬱蒼と生い茂った木々が目に入る。

 なんとか力を入れて身体を起こす

「いったい何が……確か、車……?」

 そう、轢かれかけていたはずだ。それを、あの課長が助けようとして失敗して。でも、まさか森の病院というわけでもあるまいし、轢かれたのだとしたらちょっと痛い程度では済まないだろう。

「って、私、裸?」

 ふと見下ろすと一糸まとわぬ姿でいることが分かる。なるほど、これは痛いわけだ。とにかく状況を整理していきたい。

 まだ微かに微睡む自分を律して辺りを見渡す。すると少し先に私と同じく全裸で倒れている少女が目に入る。桃色の髪で、その顔立ちとは裏腹に豊満な胸が地面に押しつぶされている。というより寝にくくないのだろうか。

「あの、起きてください。すみません」

 彼女に聞いて何かがわかるかは微妙だけども一縷の望みをかける程度の価値はあるはずだ。

 ゆさゆさと数回に分けてゆする。

「う、うーん……?」

 彼女はゆっくりと体を持ち上げながらぼんやりと私の方を見る。

「あの……」

「ん? 篠部君……って、うぇぃ!? な、なぜ裸、なんだい!? うおっ!?」

「はっ?」

 彼女は飛び跳ねるように後ろに逃げるとそのまま視線を逸らす。というより私の名前を? もちろんだが、私は彼女の存在に心当たりは……、いや、一人だけ。私のことを篠部君と呼び、かつこの口調の存在には心当たりはある。

「ま、まさか、課長?」

「何が起きて、いいから早く服を着なさい! そもそもここはどこなんだい!」

「課長、課長! いったん落ち着いてください。そして自分の声に違和感を持ってください」

「何を言って――――声が高い!? ん? 胸も、お、おぉ」

「課長セクハラです」

「自分の身体だよ!? いや、自分の身体なのか!?」

「とりあえずもう一度目をつぶって下さい」

 一応私の指示に従ってくれたのか、そのままおとなしくなってくれる。しかし、この美少女があの課長……? だめだ、脳内で拒否反応を起こしている。

 どうやっても彼女と課長の姿が結びつかない。

「とりあえずあなたは石野課長で、間違いないんですね?」

「あぁ、間違いないよ。君も篠部君でいいんだよね?」

「先にあなたが言い当てたじゃないですか、自分で顔を確認することはできませんが、私の顔はそのままだったのでしょう?」

「あぁ」

 となると、課長の外見変化はともかく私は外見の変化はないということだろうか。

「では、課長、どこまで覚えていますか? 私は車にはねられそうになったところまでですが」

「ボクもそうだよ。一緒に車にはねられたんだよ」

「そういえば……あの時は救おうとしていただきありがとうございました」

 目をつぶっている為見えないだろうが、私は頭を下げ謝辞を送る。結果論として、おそらく助からなかったのだろうけど、この際それは仕方があるまい。助けてくれようとしたその事情が大切だ。

「しかし、現状が分かりませんね……。どうすれば」

 と、あたりを見渡そうとした矢先ガサガサと木陰の方で音が聞こえる。

「えっ、誰か来る!? わ、私裸なのに!」

「ぼ、ボクもだよ?」

「課長は自分の身体じゃないからいいじゃないですか!」

 なんてどうでもいいやり取りをしている合間にガサガサ音はどんどん近づく。そして。

「そこに誰かおられるのですか……? って、ど、どうして裸なんですか!?」

 私たちの姿を見つけたのは若草色の髪型をした少女だった。私たちを視認すると驚きの声を上げる。

 とりあえず、男性でなかったこと、そしてその様子から悪い人物ではなさそうなことを認識する。むしろ、怪しさ満点なのはこちらのコンビだろう。

 課長は相変わらず目をつぶったままなので私が話しかけることにする。

「あの、私たちは気が付いたらここで倒れていました。正直何が起きているのかわかっていないんです」

「お二方はお知り合いなのですか?」

「……はい」

 少し考えてから私は課長の耳元に口を寄せる。

「課長、普通に考えて貴方が50手前の男性とは考えられません。とりあえず、見た目通り……そうですね、18歳程度の女性ということにしておきましょう」

「わ、わかった。頼む」

 もちろん、ゆくゆくは本当のことを言っていかなければならないだろうがここで嘘つきと認定されても何の得にもならない。まずは私達不審者二人組を何とか受け入れてもらうべきだ。

「なにか事件に巻き込まれた……? でもこの近くにそういった報告はきていないですし……なにか心当たりは?」

「はい、××市で横断歩道を渡っている最中に車で轢かれそうになり、気が付いたらここに――――」

「は、はい? えっ? 何をおっしゃっているんです? くるま? 横断歩道? ××市?」

「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」

 三人そろってポカンと顔を見合わせる。お互いに何を言っているんだこいつ、といったことなんだろう。市の名前がわからなかったのはまだわかる。私は他府県の市など一部しかわからない。しかし、車とかの当たり前の単語が分かっていないのはどういう了見だろう。

「……人間、ですよね?」

 なぜか失礼極まりない質問をされる。人間をやめたつもりはない為私は頷くことで答える。

「召喚型の魔法? でも、人間を召喚するなんて聞いたことないし、そんな精霊も……。記憶の混濁とか?でも……」

 そして、何かを考え出すようにぶつぶつと呟き始める。

 次はこちらがクエスチョンマークを出す番だ。召喚? 魔法? 課長と目を合わせる。そして私の姿を見て慌てて目をそらしてきた。忘れていた。私たちは裸だ。

 しかし、魔法やら召喚やら、まるでファンタジーのRPGだ。さながら私たちは異世界転生者か……。

 ――――異世界転生者?

「あの、ここはなんていう場所ですか?」

「あっ、ここれは清涼の森といいます。すぐ近くにはトラントという町があります」

「あー、えー……ではなんていう星ですか?」

「星? ……あぁ、ティーム、という答えであってますかね?」

「……ふぅ」

 私は天を仰ぐ。

「課長と異世界転生したら課長が美少女となっていた件」

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