課長と異世界転生したら課長が美少女になっていた件

椿ツバサ

プロローグ

4月30日、午後1時30分、私たちは死んだ。





 新入社員の教育だとかそんなこととは関係なく、お得意先との仕事は常に回り続けるし、契約を取るためには一瞬でも休んでいられない。そんなことは分かっているつもりだが、春の暖かな陽気と昼食後の満腹感により睡眠欲がやってくるのは辛いところだ。ここでまだイケメンが隣を歩いていれば動悸でシャキっとするような気もするが、隣にいるのは何もなくても動悸が乱れていそうな中年のおっさんだった。

「課長、この後のスケジュールですが、松本物産との待ち合わせ時間まで少しあります……。どういたしましょうか?」

「あー、そうだなぁ。でも、会社に戻るにしても中途半端な時間だしな。少し休憩していくか?」

 石野いしの課長は腕時計を確認しながらそんな提案をしてくる。

「お昼休憩をしたばかりなのに?」

「まぁまぁ、篠部しのべ君も疲れただろう? ちょっとだけ、少しだけ休憩するだけだから」

「おそらく無意識だと思いますが、もう少し言い方を気を付けなければセクハラとなりますよ」

「うえぇ!? どこがだい?」

 無自覚ですか……。いえ、課長が本当にセクハラを仕掛けることがないことはまだ数年の付き合いですがわかっているのですが。やや危なっかしい発言には気を付けてもらいたい。

「とにかく、課長がいいとおっしゃるのでしたら構いません。そうですね、松本物産の近くにある喫茶店でいいですか?」

「そうだねぇ。しかし、なぜあそこのコーヒーのサイズはSMじゃないんだろうねぇ」

 恐らくはコーヒーのサイズのことを言っているのだろうが、それを言うのであればLまで言っていただきたい。まるでコーヒーショップがいかがわしいお店のようだ。

 とはいえ、課長の言い分もわからないでもない。私でもたまにいくつかのお店と混ざってサイズの言い方がわからなくなることもある。

「いいじゃないですか、毎回カップを出して大きさを示してくれるんですから」

「そうだなぁ。あー、娘でもいたらそういったものに詳しくなれるんだろうなぁ」

「娘どころか奥さんもいないじゃないですか」

「ほんとにねぇ、いやぁもしも結婚できていたら、娘も篠部君ぐらいの年になっていたのかなぁ」

「課長、セクハラです」

「これだけで!?」

「最近は厳しいんですから」

 たんたんと返す。驚いている課長を横目に目的の喫茶店へと横断歩道を渡る。

「あー、篠部君ま――――危ない!!」

「えっ?」

 課長の叫びに近い声に気がつき振り返ろうとしたところで自身に迫っている危機に気が付く。止まる様子を見せない暴走気味の車が私に迫っていた。

 逃げなければ、と思うが足が竦み一歩も進むことが出来ない。にもかかわらず脳の処理スピードだけは異様に上がっており1秒がものすごく長い時間に思える。

「し、のべ……くん!」

「きゃぁ!?」

 課長に押し出されることでようやく声を出すことが出来る。しかし、その力は弱く決して車の範囲外に出ることが出来るものではなかった。にもかかわらずよろけてしまう程度には力があったのでむしろ、逃げ出すことすらできなくなってしまう。

 そして、我に返ったせいか、車は一気にスピードが増したように思え、目の前に迫り、私たちに当たった。

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