9-7 歓呼の後で
◆
会議室は静まり返り、誰もが「作戦中」という表示が点滅し続けるのを見ている。
地球標準時では十二時になった。作戦開始からは実際には一日半が過ぎている。もう結果は出ているはずだ。
失敗ではないか、と誰かが言いだしそうな雰囲気だった。ヨシノ自身、不安、心配、そういうものが喉元までせり上がって、それをごまかす言葉を口にしたかった。
会議室には作業員も、独立派に与した元軍人も大勢いる。
もし全てが失敗すれば、ややこしいことになる。乱闘などで済めばいいが、この部屋にいるヨシノとイアン中佐、アベール少尉は非常に危険だった。
もし連邦がこちらからの情報を利用して、独立派を一箇所に集めて、そのまま全員をまとめて捕縛すれば、それは連邦にとっては大成功でも、チャンドラセカルは見捨てられたも同然だった。
しかし国家の利益より、一隻の艦を優先させるのは、どこか非合理だ。
この世界に絶対的な成功などないのを、ヨシノは知っているつもりだった。
だから、完全に合理的で、無駄が一切ない行動や結果は存在しないとも言える。
チャンドラセカルを捨てるか、捨てないのか。
そこに乗り込む百人ほどを切って捨てるか、捨てないか。
信頼関係を築くか、敵対する道を選ぶか。
呼吸をするのも難しいような空気になってきた。
パチパチと立体映像が瞬き、全員が反射的にそちらを見た。
表示が変化する。
そこには、作戦成功、と表示された。
誰も何も言わなかった。空気も変わらない。
あまりにもそっけない表示を、全員が凝視した。
嘘だろう、という雰囲気しかなかった。
「状況を再確認しろ。それからだ」
ロバート元大佐がそう言うと、元軍人が五人ほど通路へ飛び出していった。
ヨシノとしては、成功したと確信があった。
全てはハッキネン大将次第だった。今は地球連邦宇宙軍総司令官という立場である彼は、ヨシノを見捨てなかったのだ。
もちろんハッキネン大将が全て、ヨシノの考え通りに動くことはない。
きっと脱出した艦船を追跡するだろう。もしかしたら離脱した独立派の中にスパイを紛れ込ませるかもしれない。
あとはもう、流れに任せるしかない。
「とんでもない手品だ」
ようやっと、という感じでルウが言った。
「本当に、手品だよ、ヨシノくん」
「ここから先で、何が起こるかわかりませんけどね」
そう控えめに言ったが、本当に何が起こるかは、ヨシノには見えなかった。
それから数時間の間に情報が集まり、地球から全部で三十隻以上の軍民様々な艦船が同時に脱走し、近衛艦隊が追撃して数隻を撃墜したものの、その大船団は準光速航行で離脱した、ということがわかった。
さすがにその時は、会議室で歓声が爆発し、ロバート元大佐も部下の感情の解放に苦り切った顔をしていた。
それから後は、ほとんどスケジュール確認で、脱走船団がそのまま安全を確保するまで、チャンドラセカルは人質のような形で人造衛星イェルサレムに残ることになった。今、ここにいる五隻の独立派に与している戦闘艦も残る。
ヨシノは人造衛星の建設現場を見物したり、ルウやアランたちを相手に話をしたりして、さらには独立派の人々とも接点を持った。
そんな中で見えてきたのは、人造衛星にいるものと独立派のものでも、微妙な差があることだ。
独立派から聞く話は、未来の話が多い。そしていつか、自分たちがここだと定めた新天地にたどり着く、と語る。
しかし人造衛星の作業員たちは、どこかへ行きたいとか、そういうことは言わない。
今、建造している真っ最中の人造衛星のことしか語らないのだ。
つまりこここそが、作業員にとって生きる場所、大地ということだ。
そんな見聞きした話を、ヨシノは誰よりも、ヘンリエッタ准尉を相手に伝えた。ヘンリエッタ准尉は興味深そうに話を聞き、最後には眠そうな顔になり、それでヨシノは自分が一方的に話し続けていることに気づくのだ。
やがて、脱走船団が土星共同体の元へ寄港した、という連絡が入った。
「不愉快な男だが、行動はした」
会議室で、デニーロ元大佐がヨシノにそう言った時、すでに会議室にはルウとアラン、デニーロ元大佐、そしてヨシノとイアン中佐しかいなかった。空気も危険とは無縁である。
立ち上がった元大佐がヨシノに手を差し出したので、ヨシノはその使い古されたようなこわばった手を握り返した。
ロバート元大佐が部屋を出て行き、ルウが安堵したようにヨシノを見た。
「俺たちもきみには大きな借りを作ったな。うまく、返済しなくちゃ」
ルウがそういったので、ヨシノは一度、頷いてからイアン中佐を下がらせた。ルウが雰囲気を察したのだろう、彼もアランを部屋から出した。
会議室に二人きりになり、ヨシノはぐっと身を乗り出した。
「独立派はいくらで、この人造衛星を買ったのですか?」
静かな声だったが、ルウの驚きはかなりのものだった。危うく椅子から転げ落ちそうになったほどだ。
姿勢を取り戻したルウが「お人が悪い」などというが、すでに彼の額は汗が雫を作りつつある。
「まだ僕はこの推測を誰にも話していません。まだ、です」
「余計なことを知られると困ったことになります、大佐」
ヨシノはルウが脇の下に拳銃を隠しているのを知っていた。
撃たれるだろうか。
ヨシノは特に何も保険をかけていなかった。
その程度には、腹の底が見えているのだ。
その自分の見当に頼るしかない。
お互いに身を乗り出すようにしていたが、ルウの方から身を引いた。
いつから知っていたのですか、とルウが小さな声で言った。
(続く)
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