9-8 遠大な構想
◆
ヨシノはオーシャンと話をしたことを説明した。
オーシャンは海王星に箱舟があると言った。それがつまりこの人造衛星イェルサレムだろうと、最初から検討はついていたのだ。
ただ、不思議なのは作業員たちがまったく独立派とは違う思想を持っていることだ。
だから、これは商売なのだろうと考えるよりなかった。
ルウがトップではないだろうが、一部の大企業が結託して、独立派との経済的なつながりを持ちつつある。
それがどれほどの脅威かは、ヨシノには計り兼ねた。
商売である以上、どこかから資金は流れてくる。それは連邦の中に落ちてくるのだから、少なくとも資金の流れとしては不自然ではない。
それでも地球や月、火星から独立派へ送られる物質は、そのまま大半が返ってこないのではないか。
そうなれば連邦は必然的に疲弊する。
「まだこれは、実験段階です」
ルウが低い声で言うのに、ヨシノはじっと集中した。
「人造衛星を一つ用意して、それをもって彼らを形として自立させる。そういう計画のようです。アルケミスト・アーと呼ばれる科学者と、オーシャンという男の計画のようです」
何かが気になった。
そう、それなら、超大型戦艦は必要ないのではないか。
ただここまで逃げてくればよかった。
しかし独立派は、超大型戦艦を建造し、運んできた。
何故だ?
そうか!
「僕にも見せてもらえなかったものがあります」
答えは急に頭に浮かび、すぐ言葉になった。言葉が先走るのを必死に止める必要があった。
ヨシノは我知らず興奮していた。
「この人造衛星の今の機関部は、仮設のものでしたよね。この任務に就く前の設計図でも、そこだけは仮のデザインしかなかったとどなたかが話していたと記憶しています。つまり、独立派がレッド・シリウスと呼んでいる巨大な艦の機関部は、この人造衛星に組み込まれるのではないですか?」
これにはさすがのルウも口を開けて、言葉が出ないようだった。
もしヨシノが、あの超大型戦艦で実際に五連循環器をいじらなければ、こんな解答は導き出せなかった。
あの五連循環器の能力は、よく考えればあまりあるのだ。しかもその出力の大半を、力場発生装置で食い尽くされてしまう、不思議な仕組みだった。
不自然と言ってもいい。
ならあの超大型戦艦という形は、仮の姿なのだ。
参りました、とルウはうなだれ、しかし何も知らないのです、と続けて言った。
人造衛星イェルサレムは七割ほどが完成したところで独立派に、形の上では奪取される計画だという。もちろん、その時までは、仮設の機関部で稼働させる。
その人造衛星の強奪という自作自演の騒動も、どうやらオーシャンの筋書きらしい。
まったく、あの男ときたら。
どこまでも大胆なあの革命家の姿を思い浮かべながら、ヨシノは管理艦隊の使者として、ルウと最後の折衝をした。ヨシノが多くを知っているからだろう、ルウはいくつかの要求をすんなり受け入れ、反発した項目は少なかった。
会議室を出ると、イアン中佐が待っていて、どうやらアランと立ち話をしていたようだ。
今回の話し合いには、誰も立ち合わせなかった。
知らなくてもいいことだ。責任は自分だけが負えばいい。
室内に向けて礼を言って、ヨシノはイアン中佐とともに通路を進み始めた。
「おおよその任務は完了です、イアンさん。すぐに帰路につきましょう」
イアン中佐の視線が意識された。
「例の連邦での騒動の決着は、どうするのですか? 艦長。ハッキネン大将に全てを負わせるつもりですか?」
「形の上では責任を問われますが、しかし、連邦としてもあれでだいぶ楽になったでしょう。内部にいる主立った独立派の人間は宇宙へ消えたのですから」
「それでも、たった数千人です」
かもしれませんね、とヨシノは笑っていた。
地球にも月にも火星にも人はいる。土星にもだ。
総数からすれば数千人などほんの少しだ。
しかしそこに一番濃い、純粋な叛乱の思想があると思えば、いなくなってくれた方がいいだろう。
それに、その数千人を殺さずに済んだのも、大きいのではないか。
敵を滅ぼすだけではない戦争が、始まりつつあるのだ。
あるいはその破滅を伴わない闘争が、争いそのもののないまま収束しないものか、とヨシノは思ってもいた。
艦に戻り、スケジュールを確認し、五日後に人造衛星イェルサレムを離れることが決まった。物資の補給は受けさせてもらえることになっている。同時に人造衛星イェルサレムに管理艦隊からという形で支援も始められる予定だ。ルウとの密約である。
発令所の艦長席で、ヨシノはじっとメインスクリーンに映る宇宙を見ていた。
おおよそ全てを把握したつもりだ。遺漏はないはずだ。
そのはずなのに、何かを忘れている。
ダンストン少佐は回復して、今は治療に専念している。
イアン中佐は物資の積み込みの監督をはじめ、他の管理官もそれぞれの管轄を掌握し、問題がないか確認していた。
それでも何かが、引っかかる。自分自身のことだろうか。
ふと、オーシャンのことが頭に浮かび、そこからスルスルと違和感の正体に気がつくことができた。
「ああ、そうか、僕もか」
思わずそう呟くと索敵中だったヘンリエッタ准尉が声を聞いて振り返った。
「何かありましたか、艦長?」
どう言葉にしていいか、ヨシノは少し迷い、正直に口にした。
「僕もオーシャンにうまく利用されたんですよ」
ヘンリエッタ准尉は首を傾げている。
まったく、これだから僕は……。
五連循環器はヨシノが手を貸すまで、半分ほどの出力しか発揮していなかった。あれは単純に技術者や知識が不足していたのだろう。
だからオーシャンとしては、五連循環器を完全に扱える技術者を探していた。
そこへヨシノが現れたのだから、利用しないわけがない。
しかもこうして人造衛星イェルサレムのことを匂わせ、管理艦隊と独立派に奇妙とはいえ関係性を構築した。
全て、オーシャンの思い描いた絵図面の通りなのだ。
やられた、と思っても、しかし損はしていない。
これくらいは受け入れるべきなんだろう。
「艦長? どういうことか、わからないのですが、オーシャンが何か?」
説明しようと思えば、できる。
でもしないのが、いいのだろう。
なんとなく、黙っているべきというような気がした。
オーシャンにしてやられた自分のためというより、敗北宣言として、胸の内に収めておくべきだ。
なんでもありません、とヨシノが答えると、ヘンリエッタ准尉はまだ不思議そうだったが、端末に向き直った。
ヨシノはもう一度、宇宙を見据えた。
帰ろう。
僕たちが生きる場所へ、帰ろう。
そう思って、目を閉じた。
静かだった。
(第9話 了)
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