2-5 敵は待ってはくれない

      ◆


 第〇艦隊は近衛艦隊の中でも最精鋭というのはヨシノも知っていた。

 しかし実戦の経験は乏しいし、ほとんど伝説で、実際を誰も知らないところがあった。

 それが変化したのは脱出阻止戦と呼ばれ始めている、近衛艦隊からの大規模な脱走と、それを阻止しようとするやはり近衛艦隊の艦船による小競り合いを経てからだ。

 ヨシノも驚いたが、第〇艦隊は一隻の脱走艦を出していない。そのあとの小競り合いでも、他の艦隊からの脱走艦を追い討ちにして、ある程度の戦果を挙げた。

 どちらかといえば、脱走艦が出ていないことにヨシノは注目していた。

 そこまで思想的にまとまっている艦隊が他にいなかったということになり、第〇艦隊は最後まで地球連邦に従うだろう、とも予想することができそうだった。

 ただ、ヨシノは管理艦隊の人間で、近衛艦隊の動向には直接的な影響は受けない。

 逆に第〇艦隊も、管理艦隊ははるか遠くで作戦を行う艦隊、という程度の認識だと思っていたが、そうではないのだろうか。

 ヨシノはリアルタイム通信に関して、半日ほど、考えた。

 どれだけ考えても、正解はわからない、となった時、ヨシノは打診を受け入れた。

 話をしてみれば、また変化する性質のものなのだ。

 どこか通信が外部に漏れないところを用意する、と第〇艦隊から返信が翌朝にはあり、その日の昼間に、第〇艦隊の使いとして、連邦宇宙軍の制服を着た男が訪ねてきた。

 しかしこのあたりに、完全な機密が維持される施設など、あったかな。

 ヨシノは思案しながら旅館の前に止められた車に乗り込み、宇宙軍の制服の男が運転席に座った。自動運転だろうが、ハンドルを握る必要はある。車がゆっくりと走り出す。

 と、ヨシノが乗った後部座席はせり出してくる透明な板で前の席と区切られ始めた。

 なるほど、そういうことか。

 そう思った時には、ささやかなノイズがした。

「急な話を受けてくれたことに感謝する、ヨシノ・カミハラ大佐」

 目の前の透明な板の色が変わり、次にはそこに初老の男性が映し出された。

 略章が胸元を飾る連邦宇宙軍の制服の襟章は、大将のそれだ。

 ハッキネン大将その人だと、すぐわかった。巌のような、どこか大きな気配を持っているのが映像でも感じ取れる。

 むしろ、圧力が錯覚された。

「大将閣下、なぜ、その、僕のことを?」

 言葉がうまく選べず、ぶしつけな言葉遣いになったが、ヨシノが恐縮する前に、ハッキネン大将がわずかに口元を緩ませた。

「ヨシノ・カミハラの噂は聞いていた。管理艦隊が招いた時、出遅れたと思った記憶がある」

「そんな、恐縮です」

「謙遜する必要はない。ミリオン級潜航艦は、間違いなく時代の先を行っていた」

 その表現の奥にあるものをヨシノは即座に、直感的に見抜いていた。

 言葉はすぐに口をついた。

「今では、ありふれた艦になりつつある、とお思いですね、閣下は」

「そうだ。技術とは常に追いつかれる。敵が潜航艦を建造したようにな」

 地球にいても情報に精通しているのだとヨシノは舌を巻く思いだった。

「それで、僕にどのようなお話があるのでしょうか」

 意見を聞きたい、とハッキネン大将が低い声で言う。

「今、統合本部がいやに活発に動いている。総司令部をほぼ掌握するのも、時間の問題だ。そうなれば、近衛艦隊に限らず、全軍が権力争いの材料になる」

 いきなりそのようなことを言われても、ヨシノとしては返事に窮する。

 ハッキネン大将はそれも織り込み済みのようで、淡々と喋った。

「私はとりあえず、第〇艦隊をその不愉快な闘争から分離するつもりだ。近衛艦隊の内部は乱れに乱れ、誰が敵かもわからんが、少なくとも、第〇艦隊は私の意志の元で、純粋な状態を維持できる見込みが付いている」

「閣下、それでは、第〇艦隊は閣下の私兵、となりませんか」

「なるかもしれないが、私は連邦のためにのみ戦うつもりだ。そういう意味では、漁夫の利を狙っているとも言える。近衛艦隊が整理された後に、おいしいところだけをいただく、ということになるのだから」

 整理、か。

 ヨシノの中でも、連邦は全てにおいて整理しなおす必要があるのは、感じていた。

 それは軍だけに限らないのだが、全部をひっくるめると世界最高の頭脳が結集しても、当分は時間が必要になる。

 その時間を稼ぐために、まずは軍で規律を維持する必要があるのは、ヨシノも想定の一つとして計算しないでもなかった。

 ハッキネン大将はいっそ悠然として言う。

「管理艦隊が何を狙っているかは知らないし、知ろうとも思わん。しかし私の意図は、こうして大佐、きみに伝えた。管理艦隊に今、聞いたこと、そしてきみが感じたことを教えてやってくれ」

「閣下、僕は、まだ閣下のことをほとんど知りません」

 そう食い下がろうとしたが、ハッキネン大将は不敵な笑み、しかし確かな笑みを浮かべて、堂々と応じた。

「戦場で敵が待っていてくれることなど、ありえんよ」

 ノイズが走り、映像が消える。音声も途切れた。

 目の前の板が透明に戻り、収納される。

 車は湖をぐるっと回る道を走っている。

「今の話は記録されていません。私も何も存じ上げません」

 運転席の軍人がこちらも見ずに言う。

 ヨシノはシートにもたれて、先ほどのやり取りを頭の中で再構築した。

 組織内部の権力争いと、武力の関係は難解だ。

 しかもそこに、独立派という外部の存在が関わる。

 ため息を吐いて、ヨシノは窓の向こうに見える湖に目をやった。




(続く)

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