2-2 戦士の交流

     ◆


 チャンドラセカルはホールデン級宇宙基地カルタゴを離れ、一路、宇宙ドックジョーカーへ向かった。しかし予定より最低限の補修に時間がかかり、結局、ヨシノは何らかの働きかけもせず、置き去りにされることはなかった。

 しかし歩くこともできないまま、チャンドラセカルにはやっと乗り込めたという形だった。

 その宇宙ドックのジョーカーへの途上で、ヘンリエッタ准尉に電子頭脳のサポートも合わせて秘密裏に、ノイマンと話をする機会ができた。

 場所は通信室で、イアン中佐が同席した。

 通信がつながると、ノイマンの発令所が映る。すでに彼らは宇宙ドックのズーイに着いている。

 通信の向こうには大佐の襟章の女性、そして少佐の襟章の若い男性がいる。画面の外に誰がいるかは不明。

 お互いに自己紹介をして、ヨシノは先の戦闘でノイマンに犠牲が出たことに触れ、謝罪した。形の上ではなく、本当にヨシノは、別の手段をいく通りも想定し、そのうちのいくかは、もっと犠牲を抑えられたように思えるのだった。

 しかしそれは過ぎたことで、もはや取り返しはつかない。

 クリスティナ・ワイルズという男装の女性艦長は、最善だったと思う、と答えた。いかにも軍人らしい。もしも、なんてことは考えないのだ。考えたとしても、引きずることはない。

 思い切って、ノイマンが大打撃を受けた後の対応について、誰の指揮だったのか、確認した。

 クリスティナ大佐はすぐに、火器管制管理官のドッグ・ハルゴン少尉による指揮だった、と答えた。

 ヨシノは瞬間、感動に近いものを感じた。

 敵の潜航艦に魚雷を命中させたノイマンの火器管制管理官の腕前は、神がかっている。

 しかしそれはほんの最後の一場面で、そこに至るまでを、その少尉が計算していたとすれば、凄まじいとしか言えない。

 常人離れしてるとも言える。

 それを本来の指揮権を持たないものが、実行できた。

 何から何まで、異例、異常である。

 戦闘に関する話が終わり、議論はミリオン級の運用に関する内容に変わった。性能特化装甲の感触がヨシノは気になったし、クリスティナ大佐の方はトライセイルの様子を聞きたいようだった。

 情報交換がおおよそ終わってから、ヨシノはケーニッヒ・ネイル少佐という人物に視線を向けた。

「ケーニッヒ少佐、あなたの本職は何ですか?」

 自分で言っておきながら、ヨシノ自身がそのあけすけな誘導に、笑いそうになった。

 ケーニッヒ少佐は、艦運用管理官、などと答えたが、ヨシノはすぐに、自分が彼の素性について知っていることを話した。

 その言葉に驚いた様子だったが、悪びれるようでも、開き直るようでもない。

 ヨシノはエイプリル中将のことを持ち出し、統合本部と管理艦隊の接触を匂わせた。

 情報部の人間を確保するあたりは、エイプリル中将も策士である。超大型戦艦の露見から始まった今の事態において、統合本部の存在を管理艦隊に近づけさせておくのは、悪くないように思える。

 管理艦隊はどうしても、後ろ盾が必要だからだ。

 本当の意味での折衝はこれからだろうが、ケーニッヒ少佐の存在はいい下地になる。

 クリスティナ艦長が、管理艦隊と統合本部が結託するかを確認してきたが、ヨシノにもさすがに未来は見えない。曖昧な返事しかできなかった。

 連邦の今後についても、同じようなものだ。どちらへ転ぶかはその時にならないとわからない。

「ここでは何も決まりませんね」

 思わずそう口にしていて、その冷酷さ、冷淡さに、自分の背筋が冷えた。

 連邦が乱れれば、混乱が起こり、あるいは紛争や戦争が始まるかもしれない。そして大勢が住む場所を失い、食べ物もなく、命を奪われることもある。

 そういう不幸を乗り越えての、連邦の成立だったはずだ。

 その時、誰かしらが平和を願い、そして強く、大きなもの、人類とか思想とかを牽引し、途方もなく大勢の人をまとめただろう。

 ヨシノにできることは、その偉大な誰かには到底及ばない。

 平和を望んでいるとしても、何もできない。そしてそれを当然と受け入れている。

 何て残酷なことだろう。

 他人のことを、まるで気にしていないようじゃないか。

 話が終わり、お互いに挨拶をして通信が切れた。

「統合本部を抱き込むんでしょうか」

 ほとんど発言しなかったイアン中佐に確認され、連邦軍を再編するには有効です、と顎を触りながら、ヨシノは答えた。

 そもそもからして、管理艦隊が地球へノイマンを向けたことが、不自然である。

 当時はまだはっきりと、連邦に反旗を翻す国家がある、とはわからなかったはずだ。いや、もしくはどこか、高位の人間にはわかっていたのか。

 統合本部の人間を乗せて地球へ送り出す。統合本部の人脈や手法があれば、それはノイマンにも利があった。

 それだけの関係だったとは、今になると思えない。

 まさに、エイプリル中将は策士だな。

 どこまで先を読んでいるのやら。

「お疲れではありませんか、艦長」

 隣室の端末の前を離れてやってきたヘンリエッタ准尉の気遣いに、大丈夫ですよと笑顔で答える。

「イアンさん、お話があるんですが」

 頭を切り替えてそう切り出すと、初老の中佐が背筋を伸ばす。

「なんでしょうか」

「実は休暇をとって、旅行へ行きます。静養のための旅行ですが」

「どちらへ?」

「地球です。祖父母のところで、少し休みます」

 それはいいですね、とイアン中佐が少し笑みを見せる。

「艦のことは、私とコウドウ中尉で面倒を見ておきますので、ご心配なく」

「イアンさんやコウドウさんも休めればいいのですが」

「老人は働いていた方がいいものですよ。長く休むと、仕事に戻った時に苦しいのですから」

 どうやらイアン中佐流のジョークらしい。ヨシノは思わず笑った。副長にもこういう茶目っ気があるのだ。

「それで、ヘンリエッタさんと行こうと思います」

 そう付け加えると、笑みを浮かべていたのが、唐突にイアン中佐は真面目な顔になった。

「公私混同は歓迎できませんな」

 さっきまでの茶目っ気は消えている。思わずヨシノは苦笑いしながら、堂々と答えた。

「公私混同ではありません。純粋なプレイベートです」

 艦内恋愛は禁止にしたいですな、とイアン中佐は顔をしかめていた。



(続く)

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