1-3 独立派の変異

     ◆

 

 それは唐突に配信された、一通のメッセージだった。

 連邦の全ての携帯端末や小型端末、つまりネットワークに繋がっているものには一つ残らず、それは送られたことになる。

 俺も会社にいて、ブースでそれを見た。

 すでに早いところでは、ネットニュースどころか、テレビニュースが取り上げていたが、さすがに専門家の意見などは間に合わず、大規模な情報テロの可能性がある、などと速報で報道していた。

 ユリシーズ通信でも地球にある本社を中心に、議論があったようだが、俺のところへはその内情は伝わってこない。

 しかしさすがにテッド局長は俺を呼び出し、しかもいつもの自分のブースではなく、小さな会議室に半ば連行した。

「あの動画は見たな? 何か意見はあるか」

 そう言われても、俺としてもまだ吟味してもいなかった。魔法じみた技能の持ち主が、どこにいたのだろう、とは思っていたが、それだけだ。

「なかなかの技術力はありますね」

 無難にそう答えると、次の瞬間には胸倉を掴まれていた。

「ふざけている暇はない。あれは管理艦隊が追いかけていた独立派の一部だろう。お前、何か知らないのか。管理艦隊とはまだ繋がっているか?」

「連中は軍人ですよ。俺みたいな記者に何も漏らしませんよ」

「懐柔しろ、買収しろ、弱みをちらつかせてもいい。なんでも情報を取って来い」

 さすがの俺も、テッド局長の手を振りほどいていた。これには鳴り物入りでその座についたという噂の、若き局長であるところの彼も動揺した表情を見せた。

 構うものか。

「局長、俺はただの記者です。それも昔からいる張り込み屋じゃない。俺と彼ら、管理艦隊の間にあるのは信用ですよ。俺は連中のためになることしかしません」

「お、お前、それなら記者なんてやめちまえ!」

 今度は両手で襟首を掴まれたので、俺も反射的に掴み返した。

 だが、次には俺の方が投げ飛ばされ、椅子や机を吹っ飛ばして、気づいた時には天地が逆になり、その次には床に伸びていた。

「今回だけは大目に見てやる。しかし、いいか、ライアン。記事を書け。それがお前の仕事だ。仲良しごっこも仕事のうちなんだぞ」

 会議室のドアが閉まる音を聞きながら、俺は横になったまま、天井を見ていた。

 こんなくだらないことのために、記事なんて書けるものか。

 小説で食っていくのはできなくても、記者仕事よりもっとマシな仕事はありそうなものだ。

 さすがにどこかの食堂で給仕をするのは無理だな。この分だとどこかで事務仕事というのも無理だろう。このひ弱さでは肉体労働も難しい。

 結局、俺は何もできないんじゃないか。

 記事を書く以外は。

 ため息を吐いて、勢いをつけて俺は立ち上がった。倒れている椅子と机は面倒なので、そのままにしておいた。清掃員が何があったのかと呆れながら、直すだろう。

 そうか、清掃員ならできるかもしれない。

 自分のブースへ戻り、俺は例の全世界に配信された動画を、これでもかと繰り返し確認したが、新しい発見などない。

 ヨシノ艦長が、管理艦隊が黙認したことが、独立派の側でも承認されたことを伝えているのに近い。

 いや、待て……。

 そもそも独立派はそういう組織だっただろうか。

 土星には今、八つか九つの人造衛星が建造され、そのうちの五つが連邦からの独立を掲げていたはずだ。思想の上でそう叫んでいるが、実際の独立とは程遠い。しかしあれはもう、六、七年は前で、それでもあの声高な独立という主張が管理艦隊の創設のきっかけになったのだった。

 今、土星の連中は何をしているんだろう。何も聞かないと言うことは、本当は何もしていないのではないか?

 妙な発想だが、空想と切って捨てられない曖昧な感覚がひっかかる。

 管理艦隊はどうやら、その土星の独立派勢力と争っているようで、実際的には別種の存在を相手にしていたのではないか。

 連邦の取り決めで、土星の連中はその軍備拡張をやや厳しく制限されていた。

 チャンドラセカルに乗り込んでいる時、最初の航海の最後で、巨大な兵器があったはずだ。あれは土星で建造された、という結論ではなく、出所は不明とされた。

 そしてつい先日の戦闘でも、潜航艦が敵の装備に出現したし、それより前に超大型戦艦が確認されている。あれは地球の、南半球を中心とした国家の秘密裏の計画とおおよそ暴露されつつある。

 不自然なほど、土星は動きがないし、関与が曖昧だ。

 どこかで何かが変わったのか。

 独立派と名乗りながら、今は、外宇宙へ向かおうとしているのは、独立という表現とはやや齟齬があるとも言える。

 ここから何か、書いていけるのではないか。

 結論とは言えないが、推論としては、ここ数年で独立派には何かしらの変化があった。

 あるいはそれは宗旨替え、と言ってもいいかもしれない。

 ポケットからタバコの箱を取り出し、ほとんど無意識に一本をくわえて、火をつけた。

 急に自分が集中し始めたのを感じながら、俺は過去のデータを確認し始めた。ユリシーズ通信が発行した情報なら、全てがデータベースにあるし、連邦主体のデータバンクにもユリシーズ通信の社員という立場で無料で入れる。

 それから数日をかけて、俺は一つの推論を導き出した。最初の直感的な推論よりは、立派な推論である。

 どうやら独立派の中にも派閥があった。今はそれしかわからない。土星派と、それとは違う派閥。

 そう考えると、少しは状況に説明がつく。

 短いレポートを書いて、俺はそれをテッド局長に送りつけた。

 その日のうちに、退勤間近に俺は呼び出され、テッド局長はしかし、嬉しそうでも興奮しているようでもなく、胡散臭そうに俺を見ていた。

「今更、独立派の発展過程を調べても、どうにもならん。連中は地球を出て行くと言っているんだからな。それより、独立派の実態や、管理艦隊が何をしているのか、仕事をしてるのかしてないのか、それを書け」

「一応、テロリストの過去に何があったかを記事にしておいても、損はないでしょう」

「鉄は熱いうちに打て。今、最も熱いのは独立派が、たった今、この時に何を狙い、何をしているかだ。連中がどういう経緯で今の思想に至ったかは、それはやがては意味があるだろう。しかし、読者がそれを欲しがるとは思えない。今の読者が知りたいのは、連中がどこへ向かっていて、連中が攻め寄せることがないのか、それだ。思想の問題ではなく、安全保障上の問題って奴だ」

 どうやら俺の提案は却下だな。

 別のことを考えます、と俺が言うと、テッド局長は露骨に舌打ちをして、身振りで俺を下がらせた。



(続く)

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