5-8 再びの地球行

     ◆


 ノイマンの管理官にまず情報が伝達され、乗組員には一週間だけの休暇が与えられた。

 クリスティナはエイプリル中将と会議室で話をしていた。少しだけ回復したケーニッヒ少佐も同席している。

 任務に関する詳細な指示だったが、説明の簡潔さと比べれば実際は簡単ではなさそうだ。

 今回の任務は、管理艦隊からの二個分艦隊八隻にノイマンが同行して地球へ行き、そこで対潜航艦を想定した戦闘の演習に参加せよ、というものだった。

 それが単純な演習で終わらないのは、ミリオン級の性能と乗組員の技量、その能力を、ある程度は演習の相手に見せつけながら、一方で相手をおだてないといけない、というものだった。

 演習の相手は、近衛艦隊なのだ。

 確かにおべっかを使う相手ではあるが、どういう形なら彼らが満足するかは、非常に難解だ。

 管理艦隊が実力を持っていない、となれば、近衛艦隊を通して総司令部に通報がいき、管理艦隊をより一層、増強するべき、という主張が勢いを持つかもしれない。

 逆に管理艦隊が近衛艦隊をコテンパンにしてしまうと、結局は管理艦隊を弱体化させないといけない、という主張が急に強くなってくるのが予想される。

 エイプリル中将の求めるところは、管理艦隊の現状が自然と維持されるようにする、という展開だった。

 そんな都合のいい結果があるだろうか、とクリスティナもさすがに反論しようとしたが、それより先にケーニッヒ少佐が口を開いていた。

「机上の空論ですね」

 一言の、しかし痛烈な批判に、向けられたエイプリル中将は動じなかった。予想していたのだろう。

「ミリオン級の柔軟性に期待する、と言ったら受け入れてもらえるかな、少佐」

 泰然自若とはまさにこのこととクリスティナは変に納得した。

 考えてみれば、最初から無茶な任務を任されてきたのだ。

 この程度の無茶は、受け入れるしかない。むしろ安全な場所で、安全な状態でいられるのだ。

 戦場で命の取り合いをするより、演習で勝ったり負けたりする方が、よほど正しい。

 誰も死なない。

「しかしですね、中将閣下」

 ケーニッヒはまだ粘り強く話をしようとしたが、結局、最後までエイプリル中将は腰を据えて動かなかった。

 話は以上かな、という一言に、ケーニッヒ少佐は大袈裟にため息を吐いた。それが事実上の敗北宣言になった。

 エイプリル中将が退室し、ケーニッヒ少佐は舌打ちをしてから、もう一回、ため息を繰り返した。

「あまり悩む必要はないわ、少佐。管理艦隊から離れられるんだから、むしろ嬉しいんじゃないの?」

「あのトクルン大佐が、俺が帰ってくるのを待っていると思うと、げっそりしますよ」

 実際、彼はまだ疲労しているようだ。シャーリーのところへ連れて行って一週間が経っている。どうやらあれ以来、何回か点滴を受けているようだった。おおよそをシャーリーから報告を受けているが、要点しか見なかった。

 あまり乗組員のプライベートには踏み込まない。必要なら調べるが、おおよそは自由だ。

 変な締め付けはクリスティナの趣味ではない。軍隊で趣味などがまかり通るなど、あってはいけないことだが、クリスティナは自分が艦を指揮するならそうしようと、決めているという部分もあった。

「ちゃんと体調を管理して、任務に臨むように」

 そうクリスティナが声をかけると、了解しましたと、わざとだろう、力なくケーニッヒは敬礼した。

 乗組員の休暇が終わり、そしてノイマンに全員が集合した。

 一度、ホールデン級宇宙基地カイロの大会議室の一つで、クリスティナは勢揃いした全乗組員を前に演説の真似事をしたが、雰囲気には戦場へ出向くような悲愴さはない。

 どこか、遠足への出発を前にして、期待を抑え切れない子どもの集団を連想させる。

 とにかく、任務だ。

 全員が艦に乗り込み、ノイマンが息を吹き返す。

 トゥルー曹長、エルザ曹長に指示を出し、ノイマンを宇宙基地カイロから切り離させた。補給は十分で、不測の事態にも対応できるが、そんなことは起きないだろう。

 カイロを離れると、すぐに僚艦として管理艦隊の一個分艦隊がやってきた。もう一個分艦隊もやってくるが、合流するのは火星近傍ということになっている。

「予定座標まで、間も無くです」

 エルザ曹長の報告。続けてリコ軍曹が、周囲の安全が確保されていることを報告した。

「座標まで、五秒」

 トゥルー曹長の平静と変わらない声。

「四、三、二、一、今です」

「起動」

 短い声と同時にエルザ曹長がレバーを押して倒すと、メインスクリーンが一瞬、真っ暗になり、次には中継地点として設定されている、火星近傍に到達するまでのカウントダウンが始まった。

 また二ヶ月間の旅になる。

 クリスティナは艦の配置を通常配置に切り替える。最も緩い体制で、平時の準光速航行の時は大抵がこの状態だ。

 管理官たちも交代で休憩に入り、代わりにそれぞれの部下が発令所に立つ。

 副長が発令所を離れる時、クリスティナは声をかけた。

「ちょっとは楽になったかしら」

 ケーニッヒ少佐は首を揺らしながら「まだ実感できませんね」と答えた。からかいに対しておどける程度には余裕があるのだ。

「自分の業と思って、耐えなさいね」

「業ですか。思い当たる節がありすぎますね」

 やっぱり回復はしているのだ。

 クリスティナは無言で笑みを見せ、ケーニッヒも「では」と発令所を出て行った。

 管理艦隊と統合本部との駆け引きとは、とりあえずは距離を置けるが、自分たちの行動で影響があるのは間違いない。

 演習とはいえ、厳しいかもしれないな、とクリスティナは考えながら、メインスクリーンの数字の羅列を見やった。



(第5話 了)

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