5-7 自己管理と管理責任

      ◆


 ケーニッヒ少佐から聞いた増強案の存在は、程なくクリスティナの耳にも入った。

 本当に統合本部は総司令部への多数派工作を実行し、成功させた上で、地球にある大企業さえも巻き込んで、ある種の造艦バブルを生み出しつつあるようだ。

 管理艦隊には二個分艦隊相当の十二隻が新しく配備されるが、この十二隻は全て新造艦である。戦艦が二隻あり、その存在にはクリスティナも興味が向いたが、もちろん、まだ実際の形にはなっていないし、設計段階だ。

 その十二隻に誰が乗り込むか、それも気になった。そして、その情報はほとんど真っ先にと言っていいほどすぐに届いた。

「新兵とはまた、思い切ったものだ」

 ドッグ少尉が珍しくそう言った。

 場所はカイロの中の会議室の一つで、ノイマンの管理官が揃って訓練の内容について議論していたのだが、トゥルー曹長が検討が終わってから、控えめにその噂を口にしたのだ。

 新造艦十二隻の乗組員には、新兵を多く乗せる計画らしい、とトゥルー曹長が言ったのだが、その時にはドッグ少尉以外の全員が、ケーニッヒ少佐を見ている。

 最近、ケーニッヒ少佐はほとんど顔面蒼白で、血の気がない顔をしている。この時もそうだった。

「噂は噂だが、現実になるかもな」

 笑みを浮かべる顔もどこか心もとない。

 それから管理官の間で、雑談のような形で今度の管理艦隊の方針がどうなるか、意見が交換された。

 共通しているのは、十二隻などという増強は中途半端だ、という意見で、新兵に関してはドッグ少尉とエルザ曹長は、管理艦隊がそれを唯々諾々と受け入れるとは思えない、という反応だった。

 トゥルー曹長は管理艦隊が骨抜きにされるのでは、という懸念を覗かせた。

 人にはそれぞれに考え方がある。

 何が正解だったかは、終わってからでないとわからない。

 しかし何かが完全に終わる時なんて、きっと来ないだろう。

「まだ何も始まっちゃいない。これからさ」

 そうケーニッヒ少佐が話を打ち切った。

 解散になり、エルザ曹長がトゥルー曹長とリコ軍曹を食事に誘っている。クリスティナも誘われたが、ケーニッヒ少佐に用がある、と伝えた。ケーニッヒ少佐の方を三人の下士官が見たが、少佐も困惑している。

 それもそうだ、今、初めて用があると思ったのだ。

 ドッグ少尉は何も気にした様子もなく部屋を出て行こうとしたが、ケーニッヒ少佐とすれ違う時に「死体みたいに見えますよ」と低い声で言った。ケーニッヒ少佐は短く笑ったが、唇から漏れたのはかすれるような声だった。

 管理官が出て行き、クリスティナも席を立った。

「それで艦長、どういう用事があるんです」

「黙ってついてきなさい」

 ケーニッヒ少佐の腕を掴み、クリスティナは部屋を出た。

 通路を進むと、二人を見た兵士たちがぎょっとして道を開けたり、何か耳打ちしていたりする。

 そのまま構わずに通路を進み、たどり着いた先は医務室だった。カイロには複数の医務室があり、その中でも予備の部屋である。

 ドアの横には名札があり、「シャーリー・ザイロ」となっている。

 ケーニッヒ少佐を引きずり込むように部屋に入ると、デスクで何かの書類を作っていたシャーリー女史が顔を上げた。

「珍しい組み合わせ、でもないわね」

 女医はそう言って立ち上がると、すぐにケーニッヒ少佐の脈を取り、眼球の色を確認した。ケーニッヒ少佐は観念したように、されるがままになっている。

「過度の疲労、ってところね。今夜はここに泊まって行きなさい」

 女医の言葉に、あまり暇でもないんですがね、とケーニッヒ少佐が応じる。

 ニコニコとシャーリー女史は笑っていた。

「どこかの女性とお約束? ならその代わりに私が、一晩、お相手をつとめましょうか」

「それなら全ての予定をキャンセルしてもいいな」

「あなたが息を引き取らないか、見ていてあげる」

 物騒な、とケーニッヒ少佐が笑ったが、もう抵抗する気はないようだ。

 医務室にあるベッドにケーニッヒ少佐は連れて行かれ、上着を脱がされ、点滴が用意されるとすぐに腕に針が刺された。

「まあ、一晩で大丈夫でしょう。クリスティナ大佐、彼には何か外せない任務があるの?」

「表向きでは、ないと思います。他のものでも代わりが務まりますから」

「なら、明日の昼間に解放するとしましょうか。いいわよね、ケーニッヒ少佐」

 了解であります、などとケーニッヒ少佐は横になったまま敬礼してみせる。

 何かの接触注射器をケーニッヒ少佐は打たれたが、その三十秒後には意識を失っていた。睡眠薬だったのだろう。

「あなたの管理責任になりそうだったわね、大佐」

 そう微笑む女医に、クリスティナは恐縮した。

「自分のことは自分で管理できる、と評価していましたが、思ったよりも責任感の強い男だった、というところです」

「でもこうして連れてくることができたことは、褒めましょう」

 シャーリーの優しい声に、クリスティナはもう一回、謝罪した。

「任務が始まるわね」

 そう水を向けられ、クリスティナは自分と司令部が知っているだけだと思っていたのだが、そう、シャーリーも軍医として乗り込むのだから、通達はあったはずだ。それに軍医になるくらいだから、情報を管理する能力はある。

「また地球ですよ。しかし今度は、ちゃんとした任務です」

 平和が一番ね、と言いながら、シャーリーは眠っているケーニッヒ少佐を見た。

 クリスティナも彼の方を見ながら、しかし頭の中では次の任務のことを考えた。

 休む間なんて、きっと今しか、ないだろう。



(続く)

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