5-6 くだらないプライド

     ◆


 ケーニッヒ少佐としっかりと話をしたのは、非支配宙域へ戻って二週間後で、例のエイプリル中将とトクルン大佐との会談のあと、なかなか時間が取れなかったのだった。

 誘おうかと思っても、うまくタイミングが合わないまま、先送りになっていた。

 彼は会うたびに少しずつ疲労しているように見えたが、それでも愛想の良さには変化がなかった。

「ちょっと飲みましょう、艦長」

 ノイマンの訓練が終わり、担当参謀の大佐に報告をして、その大佐の執務室を出たところで、ケーニッヒ少佐の方から誘ってきた。

 大抵は食事にしろ飲みにしろ、少ない機会とはいえ、クリスティナから促すことが大半だ。

 ケーニッヒ少佐からの申し出は珍しいことだから、彼の方でも話をしたいのだろう、とすぐに察しはついた。

 士官用のバーの中でも、狭い方へ行った。こちらは明らかに酒の種類が少なく、しかも入れる人数が少ない狭さから、倦厭されがちだとクリスティナも知っていた。一人で来たことが二度ほどあった。

 入ってみると、二人掛けのテーブルで中佐二人組が飲んでいるだけで、他は空席だ。

 時間を忘れていたが、訓練が夜更けから始まり、今は朝なのだ。よく見れば、二人の中佐もだいぶ出来上がっている。

 バーカウンターに並んで座り、それぞれに酒を注文するが、平凡なウイスキーだった。

 グラスがやってきて、バーテンダーが離れたのを確認し、ケーニッヒ少佐がグラスを揺らしながら話し始めた。氷がからからとグラスの中で音を立てる。

「統合本部は、本当に総司令部の多数派工作を始めています」

「ふぅん、それはまた、手が早いわね」

「善は急げ、なんて言葉もどこかの国にはあるようですしね」

 一口、舐めるように琥珀色の液体に口をつけると、ケーニッヒ少佐がため息を吐く。疲労がそのままため息になったようだった。

「とにかく、統合本部は本気です。世界中から、手に入るだけのものを手に入れて、ゴリ押しですよ」

「えっと、どういうことかしら」

 もう一口、少佐はウイスキーを飲んだ。

「まだ決定ではありませんが、すでに状況は管理艦隊の解体なんて、少しも聞こえないんですよ。むしろ、管理艦隊は増強されます」

「増強?」

 唐突な内容に、思わず声が大きくなった。中佐二人組の方を見ると、どちらも気にした様子もなく、笑いあっている。

「増強って、どういうこと? 少佐」

「管理艦隊を地球連邦の支配圏の最外縁を守備する部隊と位置付けて、これからは治安維持軍というより、外部からの侵攻に対処する部隊になるってわけです」

「外部からの侵攻って、まさか宇宙人が攻めてくるみたいな妄想じゃないわよね」

 それならよほどマシですがね、とジョークに応じて、ケーニッヒ少佐は今度は一息にグラスを空にした。

「統合本部の真意は知りませんが、少なくとも形の上では独立派が侵攻してくることを想定していますよ。ありえないと思うんですけどね、俺には」

 クリスティナも、独立派が今更、地球連邦を攻撃するとは思えなかった。

 それなら最初から、戦闘を選んでいるだろう。

 ただそれは、管理艦隊、もしくは非支配宙域にいるからこそ、言える事、考えられる事なのか。

 今、地球や火星では、敵が攻めてくる、という可能性がかなり現実味を帯びている可能性もある。

 こればっかりは現地に行かなくてはわからないが、別の側面も見えてきた。

「統合本部がそういう妄想をばら撒いているんじゃないの?」

 反射的に指摘すると、かもしれません、と苦々しげにケーニッヒ少佐がいう。さっと手を上にあげると、バーテンダーがやってきた。少佐は静かな声で、もう一杯、同じウイスキーを求めているが、クリスティナはまだ一口もグラスに口をつけていない。

 新しいグラスの中、複雑な光の反射を見つめながら、ケーニッヒ少佐は低い声で言った。

「とにかく今は、誰も彼も、なりふり構わぬ、って感じですね。どうなるにせよ、現状では、連邦はどこかに防衛ラインを設定し、そこに配置する艦隊を即急に構築する、という方針が多数派になった。それなら管理艦隊を解体せずに利用しよう、ということで、増強になった、という寸法でしょう」

 グラスを揺らしながら、ケーニッヒ少佐がもう一回、ため息を吐いた。

「まだ規模は確定じゃありませんが、二個分艦隊がとりあえずは増設ってところでしょう」

 管理艦隊は他の連邦宇宙軍とは構成を異にしていて、分艦隊規模で動いたり、協力することが多い。

 現在、第一分艦隊から第八分艦隊があり、おおよそで四十隻である。つまり他の艦隊で言えば、三個半の艦隊が構築できる。

 そこに二個分艦隊なら五十隻規模になるはずだが、しかし、とクリスティナはすぐに計算した。

 その様子を見ていたケーニッヒ少佐が、おかしいんですよ、と呟くように言った。クリスティナにしか聞こえない声量だった。

「管理艦隊が受け持つ範囲は、かなり広範囲になるし、しかも敵の直撃を真っ先に受けるはずです。それなのに二個分艦隊しか増強しないのは、明らかな戦力不足、不均衡というしかない」

「でもね、少佐」

 考えていることを、クリスティナは思い切って整理する前に、このぼやいてばかりいる少佐にぶつけてみた。

「管理艦隊としては、自分たちの独立性を手放せないと思うけど。だから、増強を無制限には受け入れられない。余所者に大きな顔はさせたくないってこと」

「くだらないプライドです」

 嫌悪感すらも見せて、ケーニッヒ少佐がボソッと言った。

「自分たちのことを考えて、大局を見失っていませんか?」

「かもしれないわね」

 やっと気を取り直したらしいケーニッヒ少佐が、失礼しました、と謝罪した。

「謝る必要はないわ。私にも似たような感覚はあるからね。くだらないプライドがね」

「艦長は、どのような意見でしょうか」

 変にかしこまられて、クリスティナにはそれが可笑しかった。笑ったのも、久しぶりのような気がする。

「こういうパワーゲームも、観戦しているだけなら楽しいだろうな、と思うわね」

 俺たちは当事者ですよ。

 そんな風に言って、ケーニッヒ少佐がグラスを煽る。

 今日はもう少し、付き合ってやろう。

 そう思ってクリスティナもグラスを傾けた。




(続く)

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